《前回 幸せの相対性 - ブッダ ラボ - Buddha Laboratory から続く質問です。》
質問
「慈悲の冥想で、『生きとし生けるものが幸せでありますように』の『幸せ』とは何ですか?」
回答(スマナサーラ長老談)
それは、あまり細かく定義しません。
「幸せでありますように」と、すごく軽く。
どういう状態が幸せかというのは、それぞれの人にそれぞれの定義があるでしょう。
そこは、細かく決めません。
たとえば、肉が食べられない人に、「肉が食べられますように」と、それこそが幸せだと言えるでしょうか。
ある人は、肉が好きで、好きで、肉が食べられれば幸せを感じる。その友達はまるっきり肉が食べられません。しかしその友達にも、「肉が食べられますように」というのはおかしいでしょう?
「すべての生命が幸せでありますように」、
と願うときは、それぞれの生命の幸せの定義に沿っています。
その場合は相対的です。
(終わり)
東京 法話と実践会 2017.04.23 よりメモしました。
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