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書評「父のトランク ノーベル文学賞受賞講演」オルハン・パムク著

オルハン・パムク著の小説「雪」を読んで、私自身の世界観からのみ、トルコ・イスラム社会を眺めて満足していたと思い知ったことを、先日このブログに書きました。*1

 

今度は、同じくパムク氏の「父のトランク」を読んで、再びショックを受けてしまいました。 

父のトランク―ノーベル文学賞受賞講演

父のトランク―ノーベル文学賞受賞講演

 

 オルハン・パムク著「父のトランク ノーベル文学賞受賞講演」和久井路子訳 藤原書店

 

実は「雪」を読む前に、この、ノーベル文学賞受賞講演を含む、パムク氏の講演内容が書かれた「父のトランク」を読んでいました。「雪」が500ページを超える長い小説のため、8年ぶりに小説を読む私には正直なところ、読み始めるのを躊躇していたのです。

 

それで、講演や対談集なら短くて読みやすいので、まずはそちらを読んでおこうと思いました。跳び箱を飛ぶ前の、助走とジャンプ台のような感じですね。

 

つまり「父のトランク」を、私は2度読みました。一度目は、「雪」を読む前に。二度目は「雪」を読んだ後に。

 ショックを受けたのは、二度目に読んだ時でした。

 

「父のトランク」の中で、「Ⅲ カルスで、そしてフランクフルトで」と言うタイトルの講演記述があります。パムク氏が2005年にフランクフルトで「雪」について語ったものです。

ここに、小説を読むときの想像力について述べた箇所があります。

 

「いまやこれらの読者も、作者自身のように、空想力を駆使して他者を想像しようとしています。自分たちを他者の場所に置こうとしているのです。それが、寛容や謙虚、優しさ、憐憫、愛が私たちの心の中で動き出す瞬間です。良い文学が語りかけるものは、裁く力ではありません。自分を他者の立場に置くことができる能力なのです。」p98

なんと、「雪」のいわゆる「解答」を、もっとも核となるメッセージを、氏はここですでに言っていたのです。

 

さらに、重ねて作者は語ります。

「この世のすべてをその中に一番よく取り入れる本とは、わたしにいわせれば、それは疑いもなく小説です。人類の最大の能力である想像力―他者を理解する能力―を、何世紀も経て、いまだに小説が最もよく表現します。」p110

 

「雪」の最後のシーンで一人の登場人物(宗教高校生のファズル)が、

「遠くからでは、誰も、俺たちのことをわかりはしないのだ。」

と言っています。つまりそれは、イスラム社会の人々を、裁くのではなく、自分をその人々の中に置いて感じてみなければ理解できない、ということです。

 

私は「父のトランク」の中で、「雪」に込められたメッセージを先に読んだにもかかわらず、結局、「雪」においてファズルが最後の最後に語るまで、何も分かっていなかったのです。

 

なぜこんなことが起こるのでしょうか?

 

そのとき、私の中で、「いかに自我(エゴ)が、本人にも手が届かない場所に保管されているか」という言葉が思い浮かびました。*2

 

数か月前に、夫が外出先で、家の鍵を失くしました。

「日本だから、すぐに誰かが届け出てくれるだろう」と楽観的にいましたが、1カ月待っても音沙汰なしなので、仕方なくもう一つの鍵から、合鍵を作ることにしました。

 

合鍵は、いつでも作れると思っていました。

ところが、ホームセンターを何軒かまわりましたが、みんな断られました。

鍵の専門店へ行きました。そこでも断られました! 「この鍵は一般的な鍵屋では複製できません」ということでした。

結局、管理会社に連絡して、専門の鍵メーカーに作ってもらいました。

 

「エゴが本人にも手が届かないところに保管されている」ということは、その鍵の合鍵を作るくらい、まるで持ち主にアクセス権がないような状態だと感じます。

 

しかも面白いことに、エゴを思い知るには、誰かに見つけ出してもらうより、本人が苦労して発見しないとダメだと言うこともわかりました。

自分にアクセス権がほとんどないにもかかわらず、自分で探しださないといけないという不条理……。

 

実際にパムク氏が講演内容で、「雪」に込めたメッセージを、簡潔にわかり易く教えてくれていたのに、私はそれを素通りしました。

しかし、小説「雪」の長く難解で、暗くて細い迷路を、自分が一歩一歩進んで、たどり着いた先の「発見」には、ものすごいショックと共に強烈なインパクトが生まれるのです。

まるで「体験瞑想」のような。*3

 

結局のところ、エゴを発見するにもエゴを使うということです。

 

私たちにとって、エゴを消滅させるために、エゴが鍵になるのです。

 

そのことから、この消滅への旅がどれだけ厳しいものかが分かります。

たとえば自分がある国の国王だとして、道に迷った旅人を助けることになったとします。旅人の最終目標はその国を取ることだと、もし国王が知ったら? 絶対、その旅人を助けませんね。

 

それなのに、人間なら旅人を助けなければいけないわけです。

自分の国がとられることを初めから知っていて。

 

お釈迦様が2500年も言い続けているのに、旅人を見事に助ける成功者が少ない理由がよく分かります。

 

ただ、「自分の国がとられる」というのは、いま現在の私たちの世界観から見た表現です。

お釈迦様が、成功者が、このことを表現するなら、「自分にもっとも素晴らしい国が与えられる」ということになるのでしょう。

*1:


書評「雪」オルハン・パムク著、和久井路子訳 - 瞑想してみる

*2:自分と言う存在は、手がとどかない場所で管理されています。それがエゴなんです。」


「慈悲の瞑想」初めての方向けの説明 - 瞑想してみる

*3:


「体感瞑想」で原始脳を上書きし、早く結果を出す - 瞑想してみる

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