質問「あることがきっかけで、自分に自信を失い、対人恐怖症のような状態になり、家族を恨むこともあった。改善しつつあるが、解決していくにはどうすればいいか? 」
回答(スマナサーラ長老)
具体的な答えを出さなくてはいけないんですけど、まず一般的な答えを言います。
自分に返ってくるのは自分が与えたものなんです。結局は自分から発生するもの、そのものが反射して帰ってくるんです。
だから社会は鏡だと思った方が、いいんじゃないかなぁと。
鏡を見て、「なんて気持ち悪い奴だ」と思うのはおかしいでしょう。
鏡を見て、「こいつは絶対信じることはできませんよ」とおもってもね、鏡ですからね。
たとえばあなたが人を、初めて会う人であっても、あなたが先に笑うと、相手には笑うしか選択がないでしょ。あなたが「おはようございます」と笑いかけて、相手が「この野郎!」と言うことはできないでしょ?
だから自分に欲しいものは、まず他人に与えるんです。それで全部解決します。
自分が人にあれこれと期待するならば、自分がまずそれを与える。
世間は鏡です、と。
親やら兄弟やらを恨むことは、もう決まりです、終わっています、あなたの人生は。そんな権利もないしね。その人々の中であなたは育てられたんだからね。
失敗は起こりますよ。それは自分にも原因があります。
マッチと同じですよ。マッチだけでは火が付きませんね。何かにぶつけないと。何かにぶつけたんだからといっても、いつも火がつくわけじゃないんです。マッチを火にぶつけるか、マッチ箱の薬がついている方にぶつけるか。それで火が付くんです。
だから、今は一般的にしゃべりますけど、やっぱり自分にも何か原因があるということ。
人間というのは自分の原因は軽く見るんですね。それくらいたいしたことではないでしょうと。
それだったら相手の態度もたいしたことがないんですけど。しかし、そうは認めたくない。相手の態度はとんでもない、こうするべきであると。だから私はわがままでいいんだけど、あなたはわがままするなよと、理屈が成り立たなくなっちゃうんです。
それで結果は大体、10倍、100倍になります。返ってくる結果は。
自分一人が笑うと、それを見る人は10人くらいいるんだからね。10人から返ってくるんだから、10倍でしょ?
そういうわけで、慈しみを与えるしかないんです。
(中略)
自分の努力次第でそれなりの結果が出てきます。
自分にしてほしいことは、先に他人にしてあげるということ。それしか方法がないんですよ。
わたしが人を助けたいと思っても、相手が「あっち行け」という態度をとっていると何もできんでしょう。
あなたが「あっち行け」という態度をとると、周りが助けてあげたくても助けてあげることができない。さらに、なおさら、あなたは「みんな何もやってくれない」と怒っても意味がない。
花瓶に花を活けたらどうしますか? すぐに「どこに置こうかな」と適切な場所を探すでしょ。
適切な場所は下駄箱でも構いません、そちらに置いておきます。
問題は、「わたしが適切な場所ですか」ということです。
わたしが適切な場所だったら、花を持っている人が「ではここに置きましょう」と自分のところに花瓶を置きます。その人が損するわけではなく、「あ、ここできれいに置けてよかったぁ」と思うだけです。
そういうわけで、自分にしてほしいことは先に社会に返さなくちゃあかん。返すというのは、貢献です。それが何千倍にもなって自分に返ってきます。
対人関係というのは大きな問題ですから。
自分がわがままで、自己主張を強くしていると、やっぱりいつでも人のわがまま、裏切りしか見えなくなっちゃうんです。
一番早い解決方法は、どんな人でも鏡だと。自分の性格を映しているんだと、思ってみたらいいんじゃないかなぁと。
鏡と言っても、完璧にできている鏡じゃないんです。いろいろと湾曲があります。
いろんな形の鏡に薬を塗ったら、変に映るでしょう。それでも自分ですからね。
そういう風なやり方で考えたらいかがでしょうか、と思います。
(関西定例瞑想会 2007.04.22 (音声ファイル上)よりメモしました。