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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

瞑想して脳が喜びを感じるようになると、サマーディ状態が生まれたということです。

質問「慈悲の瞑想で『親しい人々が幸せでありますように』というときは、単に幸せのイメージをするだけですか。ほかに、たとえば家族などをイメージしますか?」

 回答(スマナサーラ長老)

どちらでもいいんです。

親しい人の場合は、まず選ぶのは両親とか自分のことを一生懸命心配してくれた人のことを思ってもいいですね。そこへ、さらに他の家族などを増やしてもいい。

 

幸せとは何かというのは、面倒くさいんですね。

「問題なくいっているなら十分でしょ。ああ、大丈夫だ」程度にしてください。そうでなければややこしくて分からなくなっちゃうんですね。

健在な両親、兄弟、親族、友人、それぞれうまくいっているなら十分でしょうと、そういう気分にした方がいいと思います。

 

きつく、こういう幸せ、とイメージすると瞑想をちょっと間違えます。

瞑想から得られる穏やかさがなくなってしまい、頑固になります。

穏やかで、親しい人々が幸せでありますように、と。「うまくいけばいいんじゃない? 問題なく。そう願っていますよ」と気持ち的にリラックス状態になる。

 

とくに若者には、頭の中で「幸せってなにか?」とイメージを作るときつくなります。

 

心が、どんどんリラックス状態で、柔軟で、成長して、そこが、サマーディ世界です。

脳が幸福を感じて快感状態を作って、脳が成長します。脳がきゅっと固くなると成長しないんですね。

 

サマーディは統一状態のことです。脳の中でエンドロフィンとか、脳を復活する、脳を育てる快感物質が出る状態です。それは強引に、人工的に作ることはできません。だから心の中からなんとなく穏やかな気持ちが生まれて、脳が喜びを感じるようになってくると、サマーディ状態が生まれたということです。

 

そういうふうに(慈悲の)瞑想をやってみてください。

 

(東京・法話と冥想会 2015.01.25 

http://www.ustream.tv/recorded/57959831 動画上で01:11:00~よりメモしました)

f:id:thierrybuddhist:20150129122821j:plain 

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