ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

スマナサーラ長老にも解決できない一つの大きな問題【日本社会について】

「わたしにはこんなご利益があった」ーご利益競争で、人格はそのまんま。【宗教とは】より続きます)

わたしにも解決できない一つの大きな問題が見えますけど、全体的にみんなあほで無知なんですね。これは個人にどうすることもできない。

 

 わたしから見れば、「あなたもあほなんですけど、会社システムもいい加減でしょう」と。みなさまにとって上司というのはとんでもない無知な奴らなんですね(笑)

こちらにも上司をやっている方がいるかもしれませんけど、部下にそう思われていますよ。

 

その上司も会社組織がそうしているんだから、あほなことばっかし、無理なことばっかし頼んで、部下の能力を向上させてあげるんじゃなくて壊すという、とにかく日本社会というのは人の能力をつぶすようなシステムができています。

人にはほんのわずかな、ちっちゃな能力があったら、とことん応援して、水を上げて栄養を上げて、花咲くようにまで協力しようっていうことがないんです。いかにつぶすか、という。

 

そういう社会で、皆様方は能力の花を咲かさなくてはいけないんですよ。

 

それは明らかに大変です。そこは、わたしは何であろうともすぐ答えを出す性格なんですけど、そこはやっぱり半分はどうにもならんですね。社会システムの問題はどうにもならない。

 

しかし皆様方一人ひとりがしっかりするならば、逆に変えればいいんです。

 

わたしたちはどういう教育を受けてきたか、どういう育ち方をしてきたかというと、まず理性のある人の言うことは、しっかり聞く。

 

一生、教えてもらって導いてもらって生きる人生だ。だから、一生、謙虚でいなさい。自我は出すなよと。相手がだれであっても、何か教えてくれることがあるんだよ。だからずっと目を開けたまんまで、気を付けて行こうと、アンテナを張っているんです。

ときどき子供でも、やっぱり何か言うんですよ。たとえ相手が子供であっても、言っていることがしっかりしていることだったら、「なるほど、わかったぞ」と。そこで自分を調整する。

 

自我は張らない。一生謙虚ということで生きる。それでいつでも腰抜けで一歩下がっているかというと、そうではないんです。

 

組織であってもやり方がまずければ、とことん変える。だから逆に物を言うんです。相手がだれであろうと。それはダメだと、そんなことはやりませんと。

 

わたしが大学で仕事をしたときは、ものすごく上に言うんです。「こんなことおかしいからやりません。何の意味もない」とはっきり言うんです。「そんなこと言うなよ」と言われたら「それだったらほかの人に言ってください。わたしは断ります」

それでしっかりと、「その仕事は断ります」というと、話し合って、やっぱり変わるんですよ。

 

組織がダメなら、その組織を改良するのも組織の人間の仕事なんですよ。

 

これは日本みたいなシステムではなかなかできないんですね。できないというか、やらない。改革というのは森みたいな世界なんです。

 

だから、間違っている、腐っているシステムをそのままにしておいて、われわれはいかに成功するのか、と聞かれても、わたしは「なんで諦めないのか?」と逆に聞きたくなります。

 

言いたかったことは、皆様には皆様の社会環境を変える権利があります。

 

社会環境を変えると言っても、自分個人の問題も解決できていませんね。これは初めから話にならないんですね。

 

それには、すごい理由・原因というのはあるんです。それを教えてるのがお釈迦様の世界なんですよ。それを教えることはブッダ以外にできないんです。みんないい加減で、真理を発見していないし、物事は主観で見るし。生命のからくりを発見していないんですね。

 

そういうことだから、ブッダの話を真面目に聞いた方がいいんですよ。

自分の問題を棚に上げて、何に踏ん張っても無意味です【慈悲の瞑想・お試し2週間】に続きます)

 

(関西定例瞑想会 2008.01.27 スマナサーラ長老説法

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/494188.html 音声ファイル:下よりメモしました)

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