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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

「自己直し」が「世直し」です【日本のお寺 2】

「管轄外にする」という仏教的な生き方【日本のお寺 1】より続きます)

世の中にウィルスがあることは悪くないんですよ。細菌があることは悪くないんですよ。

細菌・ウィルスが悪人だとどうやって設定するんですかね?

 

やっぱり、感染した自分の問題でしょ。

ウィルスを完全に退治するぞと言うのはね、大きな問題なんです。

 

Smallpox(天然痘)という病気がありますね。今は世界ではなくなりましたが。昔はそれにかかって人々が亡くなりました。世の中からなくすぞと言う努力があって、ずっとワクチンを使ってきて、今、子供たちにそのワクチンさえもしないんです。おなじくポリオという病気がありますね。子供たちに今もワクチンをしていて、まだまだ世の中にポリオはあります。これも全滅させてやるぞと言う考えがあります。

 

わたしが考えるのは、本当に天然痘を世界からなくしたのか? というとなくしてないんです。

ただ感染している人間がいないだけ。だから念のためということで、ワクチンは一応、保管してあります。どうなったかと言うと、天然痘ウィルスがなくなったわけじゃなくて、われわれの遺伝子の中で、そのウィルスを受け取らないように、人間が変わったんです。この100年の間で。

 

それでもあまり、時間が短いので進化するには足らないから危険性もあるんです。

 

わたしが言いたいのは、ウィルスを完全に地球上からなくすということは、危険でしょうし、ウィルスと言うのは確実に悪いわけじゃないし、人間も細菌の塊と言えば塊でしょう。細胞の中に細菌は結構入っています。それがないと生きていけませんし。集合体ですからね、体っていうのは。

 

それなのに、生物が生活できないという環境を作っちゃうと、先に死ぬのは集合体なんです。一番最後に死ぬのはウィルスなんです。

 

わたしたちは進化して抵抗できるDNAを持つということは、論理的に成り立ちます。

 

なんでこういう例を出したのかと言うと、われわれが免疫を作らなくちゃいけないんですね。世の中を直しに行くんじゃないんです。自分が免疫を作るんです。それが正しい道なんですけど、だれもそれを分かってないんですね。

 

悪人を倒せばいいと思っちゃうんです。 

という、悪の行為を取るんです。

 

悪人を倒して善人になるんじゃなくて、悪人を倒して悪人になるだけ。もっと分かりやすい例でいえば、自分の仲間の一人が、ものすごく怒って怒りっぱなしで、どうにもならんと困っているんだと。そこでその人を躾して、叩いて殴っていろんなことをして、その人を直すのか? それとも自分に免疫を作るのか? どちらが早くて確実ですか?

 

自分が免疫を作る。相手の怒りや興奮に影響されないでニコニコといる。それが100パーセント結果がでるんです。また、早いんです。

人を直すということは、人を育てるということは、できるかどうかちょっとわからない。人が「完全に直ったぞ」というのは分からないんです。それより、自分のことはわかりますね。「わたしは免疫が付いていますよ。だから大丈夫だ」と。

 

自分が何を言われても怒らないでいるならば、相手も直ります。「わたしもそうならなくっちゃ」とその人も自分を直すんです。

 

だから、仏教でいう道でみんな幸福になるんです。世直しには行かないんです。自己直しをするんです。自己直しで、ものすごくたくさんの人々が直ってしまうんです。

 

自己直しが世直しになるんです。本物の世直し。

 

これを分かっていなんだから。俗世間で人が分かっていないのは当たり前ですが、宗教もそれを分かっていないんです。「人を直してやる」と。

 

わたしの反応は、「あなた何様のつもりですか」。

成り立たないことですよ、世界でやっていることは。

 

世の中で悪人がいますが、「人を直してやるぞ」という世直し人ほどは、悪人じゃないんです。

 

世の中で、社会に迷惑をかけて、戦争までするのは宗教なんです。

タリバン政権下で、サッカー場を公開処刑場にして、女性が髪の毛を出した、顔を出したということを罪として、テレビでも放映して殺すんです。薪に火を放って、生の人間を焼いたり。(2008年当時) 

そういうことは悪人はやらないんです。悪人は、麻薬取引をしたとか、しかし(女性が髪を出したから火あぶりなど)そこまではやりません。かの有名なマフィアもそこまではやりません。しかし、宗教はやっているんです。一部の戦争は宗教が起こしているんです。人の自由は宗教が奪っています。

 

宗教家が言う嘘は、もし嘘だと言ったら、言った人は殺される。

そこは何でそうなるのかというと、「わたしたちは正しいんだ。汝らは罪びとだ」と好き勝手に決めるんだから。

 

わたしの答えは簡単です。

「問題は『神』だよ」と。神の名前のもとで世界が狂っているでしょ。

自然破壊やら、人殺しやら、戦争やら、すべて神のことでしょう。捨ててみなさいよと。

そこで人類はたちまち平和で、豊かで、道徳的になるんだよと。

 

なんなのか、この人間は。まるっきり証拠ないのに、神が造った、神が造ったと。

 

科学者が言っていることが完璧に嘘ですかね。

 

人間が裁く法律は、いかに丁寧で公平にするかとがんばっているでしょう。

それなのに神の罰制度は、そういうのがひとかけもない。

 

殺人事件で、容疑者が殺人を犯したとすごくはっきりしているのに、それでも、有罪にするには苦労するんですよ。有罪になっても刑は何年間にするかとか裁判官がすごく苦労するんですよ。それは人間の罰制度なんです。

神が抜けちゃうと、人間と言うのはものすごく真剣になるんですよ。本来、道徳的なんです。これを壊したのが宗教なんです。

 

そんなに人間は悪くないんです。ただ弱いだけ。弱さでいろいろ失敗する。失敗することと、悪人と言うことは違います。

 

結婚は失敗するわ、子育ては失敗するわ、いろいろ失敗する。

そこを法律制度を作ってなんとか頑張ろうとしているのが人間社会なんです。

  

「免疫を作れ」というのが仏教の言葉なんです。

ある特定の組織を批判することは、世直しになって、これは気持ち悪いんです。

 (お釈迦様が「人間」だと困る人たちとは?【日本のお寺 3】に続きます)

 

(関西定例瞑想会 2008.05.11 スマナサーラ長老説法 

http://www.voiceblog.jp/sandarepo/577302.html 音声ファイル:一番下⇒下から3番目よりメモしました)

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