ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論、実験結果

ごまかし、見栄っ張りを直すには?

質問「自分は天邪鬼なところがあります。シャイとかデリケートというより、誤魔化し、見栄があります。改善するにはどうしたらいいでしょうか?」

 

  回答(スマナサーラ長老)

 そういう風になるのは、基本的に自分の心の中で、落ち着きがない。

微妙に不安定で、自分のことを信頼できなくて、微妙に脅えが入っています。それでそういうふうなことになるんじゃないかなぁと思います。

 

 

それで答えとして、「まず落ち着きましょう」と。

とにかく、落ち着きましょうと訓練したら、と。

良い人間になる前に、「まず落ち着きましょう」と。

これでほとんど解決すると思います。

 

どうすれば、すごく穏やかな気分でリラックスしていられるのか? それには、その強迫観念を取り除いた方がいいんです。リラックスする方法を学んだ方が、落ち着く方法ね、そうすれば早く解決方向へ行きます。

 

なにかやる性格というのは、逆に悪い性格ではないんです。人間というのは活発で、時間を無駄にしないで、「次にこれ、これ、これ……」とやってずーっと生きていかなければいけないんですよ。寝るまで、何かやっているというね。

 

それは悪くないんですが、落ち着きがなくて何かやっても意味がないんですよ。「どうも落ち着かないんだ」と。じっとしていられないんだ、と。だからなんでもいいんだから何かやる、というのは悪い方向です。

 

しっかりと落ち着いていて、淡々といろんなことをやりながら活発に生きるというのが、一番いい生き方ですね。

だから、少々方向を基本的なところで変えなくちゃいけないんですね。

 

まず落ち着く。

それから活発性はそれでいいんです。

何かやる場合は、一つ基準があるんですよ。「これが役に立つか立たないか?」というね。

「やっていいのか悪いのか?」その基準で生きていかなければいけないんです。

あるいは、それらをまとめて、「なんで私はこれをやらなくちゃいけないのか?」と自分に聞く。

 

「なんで、これをやっているのか?」と。それに自分で納得いく答えが、その瞬間にあるならばOKなんです。

 

そういうわけで、われわれはすごく活発でいてほしい。だからと言って、おしりに火がついたように走り回っても、周りが火事になるだけで、意味がないんです。

 

たとえば、そうやってね、頭に火が付いたら、服に火が付いたら、人は何をやるか分かりませんけど、そうではなくて、落ち着いて「なぜ、これをやるのか?」と。

 

「今これをやりたい」⇒「なぜでしょうか?」とその一つの質問を心に入れておいて、やってみると、見る見るうちに、とてもいい方向へ、とても幸福な方向へ人生が変わると思います。

 

そんな程度で頑張ってみてください。

落ち着く方法やら、いろいろ、午後参加するならば瞑想指導(関西定例瞑想会のこと。参考:瞑想会などの予定表http://www.j-theravada.net/8-yotei.html)がありますのでね、そちらではしっかりと、方法というのは教えます。

 

β関西活動報告 : '07 6/17 関西定例瞑想会@伊丹ホール<1> 音声ファイル下よりメモしました)

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