ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

ブッダの性格診断【前編】

質問

長老の本などを読み、自分が怒りの体質だなぁと思いました。この頃そういう怒りが起きるときに、『怒ってる怒ってる』という風に見ることができる感じになってきてる気はしています。

しかし、また場面が変わると怒ってる自分がいる。これはどうしたものかなぁと。

また、慈悲の瞑想・ヴィパッサナー瞑想を自分なりにやってるつもりだが、特にヴィパッサナー瞑想が横道にそれずにできているのかどうかが、自分で分かるポイントがあれば教えてください

 

回答(スマナサーラ長老)

 

自分が怒り体質だというのは本当でしょうかねぇ。

もしその通りだったら直ってくるはずなんです。

皆様のデータの取り方に問題があります。マスコミと同じなんです。街中に面白そうな人が一人いたらマイクを向けて、「今の経済をどう思いますか?」と聞く。その人は「まぁ、頑張ればうまく行くんじゃない」と答える。それで、「日本国民は景気が上向くと期待している」とまとめます。

 

言いたいことは、当然われわれは怒りますよ。しかし24時間で分けてみなければダメなんですよ。

 

そこで二種類ありますよ。

怒って怒りが消えて、また怒って消えて。

別のパターン、怒ってずーっとその一個の怒りがあって、消える。でもそう簡単に怒りませんけど。

いろいろありますよ。自分の性格を判断するためにそこまで調べなきゃいけないんです。

 

ですから、それを考えてください。一日どれくらいの時間怒っているのか?と。どれくらいの時間欲でいるのか? そうすると発見するはずなんですよ。

 

怒りが出ると気分が悪いんです。気分が悪い気持ちで、一日何時間いるのか? と。欲が出ると結構元気なんです。すごく楽しく、何時間生活しているのか? と。

真面目に一日だけでもチェックすれば、仏教的な勉強になります。

 

24時間から怒りの時間と欲の時間を引いてみてください。

 

寝ていて夢を見ているとき、怒ったり欲張ったり楽しかったりしますけど、それはちょっと計算できませんから、科学者のやるようにそのデータはないことにする。それで構いません。

データとしてはないことにしますが、夢であったことは覚えてしまいます。夢での出来事を忘れるわけではないんです。ですからそれも、夢っていうのは大体一分二分のことだからね、それを足しちゃっても構いません。

 

24時間 - 怒りの時間 or 欲の時間 = ?

 

この計算をしないうちに、自分の性格を判断しない方がいいんです。

 

そこで、だいたい朝から晩まで怒っているわけじゃないんです。すごくわずかな時間です。朝から晩まですごく楽しくて舞い上がっているわけじゃないんです。

「気分がよかった。楽しい」というのはほんのわずかな時間なんですよ。

 

たとえばカッコいい喫茶店に入ったとする。入った途端、気分がよくなる。座ってコーヒーを飲んで人としゃべっていると、喧嘩したり話が合わなかったり。その時はカッコいい雰囲気の中なのに楽しみがないんです。

 

カッコいい喫茶店に入って気分がよかった。友達とわいわいしゃべって楽しい。でも10分たって、30分たつと、帰りましょうか、となるんです。楽しみがなくなったからです。

 

そういうことで、よくよくみると、怒る時間というのはそれほどないんです。楽しくなる時間はそれほどないんです。

 

24時間の中で30分怒った。だから怒りタイプの人だ、と言える? 24時間の中で10分楽しかった。だから欲のタイプの人だと言える? 

 

わたしたちの判断がおかしいんです。データを調べていません。

データを調べないで判断する人は、どんなタイプの人だと言った方がいいですかね?

「あほちゃいますか?」でしょ、こちら(大阪)だったらね(笑)

 

それなんですよ、われわれの性格って結局は。

欲、怒りじゃないんです。

 

長ーい時間、あの長い時間、何やってたんですかね? 別に怒っているわけでも楽しいわけでもないんです。

 

人間の感情は、貪瞋痴というならば、われわれは「痴」でしょ。

本当の問題はそこにあるんですよ。われわれの24時間の中で無知の思考はありすぎなんです。

 

「あなたの人生は何でしょうか?」と聞くとだいたい、「つまらない」「おもしろくない」と言うんですよ。ほとんどそう思うんです。マンネリで、ワンパターンで。別に面白くないけどなんとかやってます、と。それが事実です。

無知の感情がある場合は人生は面白くないんです。面白くないんだけど、気持ち悪いわけじゃないんです。これって気持ち悪いと腹が立つと、結構元気なんです。怒っているときは人がすごく活発なんです。喜んでいるときも活発なんです。

 

よくわからんけど、ぼちぼち生きているんだ、と言う状態で生きているんですよ。そのときはわれわれは無知と言う感情で支配されています。

無知があるときは、明晰に判断しないんです。どうでもいいや、一か八かやります、とあまり責任を持ちたくないんです、そのときは。

 

これこれやって、と言われると「ハイハイ、わかりました~」と。

「なんでこれをやらなくちゃいけないんですかね? そんなに緊急なことじゃないでしょう」と判断する元気もないんです。

 

よくみると、皆さんそういう生き方をしているんですよ。

会社へ行ったらワンパターンなことをやって、あまり新しいことを言われると困って、「ああどうしようか」と。結局ワンパターン、マンネリに慣れているんですよ。それ以外のことには途方に暮れてしまう。

 

だから基本的に無知な思考なんです。

 

それでこの、邪見、変な判断、とんでもない過ち・失敗、すべて無知で起こるんです。欲と怒りと言うのはそれほど悪さはやっていないんです。

無知ですよ、ほとんど。

 

たとえば女性を見ました。「かわいい女だな」と思ってそれで終わるんですよ。そこで無知が割り込んで思考が混乱しちゃうと、手を出すんです。捕まって警察につれていかれて、すべてパア。これは自分が異性に対して欲があるんだからではないんですよ。

 

女の人を見るたびに「かわいいね、お茶一杯どう?」とかごちゃごちゃ言って、その女の人の美を喜ぶだけで罪は犯しませんよ。女の人もそれは結構悪くないと思うしね。

 

そこがなんで、セクハラになるんですかね? なんで相手の女性がすごく怒って攻撃をしてくるのか? 

 

それは欲の裏で無知がボーンと上がって機能するんです。

 

だから危険なのは怒りよりも、欲よりも、無知なんです。

 (ブッダの性格診断【後編】に続く) 

 

(関西定例瞑想会 2009.01.18

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/759135.html 音声ファイル・下よりメモしました)

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