ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

お釈迦様はなぜ出家した?(後編)

お釈迦様はなぜ出家した?(前編)から続きます)

お釈迦様は、戦争は子供のころからすごく嫌でしたからね。

ものすごく優しい方でいろいろエピソードがあります。

ダイバダッタと喧嘩しましたとかね。*1

  

これは大乗のほうの物語ですが、ダイバダッタが弓で空を飛んでいるハクチョウを打って、見事に当たったんですね。それを見て菩薩が走って来て、ハクチョウの矢を抜いて治療しようとする。

それでダイバダッタが怒って、「俺が撃ち落したんだから俺のもんだ、くれ」と。すると「いえ、お前にはあげません。わたしは連れて帰って治療します。動物をいじめるなよ」と、それで喧嘩しました。

 

とにかく、すごい優しいんですね。

だからお釈迦様が出家しないで王位を継承したら失敗するでしょうねぇ。

戦争しないし人に罰を与えないし。悪人でなければ政治家にならないんです。

残酷で、自分の利益のみ考える悪人でなければ、政治家にならないんですよ。

我儘で、我が強くて。

 

そういうわけだから、これは私個人の考えですけど、もしお釈迦様が出家しなかったら、王としては結構失敗すると思います。

 

しかしわたしは勝手に妄想しませんから、データに基づいて思考します。ジャータカ物語ではそういうお釈迦様の物語があるんですね。

優しい王で、失敗する菩薩が。

 

菩薩が王として生まれたときはいつでも失敗するんです(笑)

なぜならば、優しすぎなんです。

だから俗世間というのは恐ろしい世界なんですよ。

 

ジャータカ物語は「ストーリー」だからブッダの時代のものもありましてね、お釈迦様と同じ年齢の友達がいて、マガタ国の王様ね。ビンビサーラという名前なんですね。すごく仲のいい友達で。出家する前からお互い知っていたしね。

 

お釈迦様に「真理を発見したらわたしに教えてください。約束だよー」とビンビサーラ王が言って、きちんと約束を守りました。

 

(そのエピソード)

お釈迦様が托鉢しているところをビンビサーラ王が発見したときは、「なんかすっごい力のある行者がいるんだ。若いし、えっらい力があって、光り輝いているんだ。誰でしょうか」と調べたらすごく礼儀作法のある人物で、「あんた何者?」と。

 

「わたしは実は釈迦族のシッダールタ王子だ」と(お釈迦様)。

「あれっ」と王はビックリして「友達ではないか」と。

「なんであんた、国を出たんですか?」

「出家したんだよ」

「まあまあ、いい。あそこは小さな国だから。わたしの国はものすごく大きいんだから、この国を一緒に管理しましょう」

「あのね、わたしは国を捨てたんだからね。あなたの国の政治をやりたくないんだ。わたしは真理を発見したいんだ」

「ああ、そういうことか。だったら、真理を発見したらわたしに教えてちょうだい」

 

こういう約束だったんですね。

で、のちに、お釈迦様がビンビサーラ王に真理を教えて、王が悟るんですね、預流果に。

 

それで王の息子が、「気に入らん。王様の態度は」

だって、悟っている人だから、すごく落ち着いて遊ぶこともあまりしないで、大臣であろうが家来であろうが不可触民族、みんな平等で、普通の王様のあの迫力、あの威力、「お前打ち首―!」というのはないんです。「なんでわたしの前を横切ったんだー!」とか、それはない。

 

だからすべての生命はみんな平等で、王と言っても普通の人と分からないくらいで、みんなすごく気に入って「あの王様が台所にいますよ」とか「奴隷のところに行って様子を見ていますよ」とか言う。

「奴隷の肩を触って『お前元気か? 何か病気があったら教えてください』」とか、それはそうそうできないことでしょう。しかし息子にはそれが気に入らない。

 

これじゃあ王の立場がなくなるんだよと思ったでしょうね。それで父親を殺そうとしたでしょう。それで宮殿の中で刃物を持っていて、短刀ですね、それで見つかります。

「なんで武器を持っているのか? それは禁止だ」と王の家来が見つけますが、王子だからそこで罰するわけにいきません。

 

で、父親のところに連れて行ったら、王が、

「正直に言いなさい、なんで刃物を?」

「実は、わたしは王になりたい。でも王は若くて元気だからわたしがまだ王になれない」

「まあまあ、お前はわたしの大事な息子ではないか。そんなに王になりたければ、どうぞ王になってください。わたしは引退します」

 

それで息子を王にしてあげたんです。罰を与えなかったんです。

普通の王だったら、たとえ自分の息子であっても、王の暗殺を企んだから死刑なんですね。それはしない。

 

死刑にされる人を死刑にしないで、そのかわりに王にしちゃったんです。すべて権力をあげて。

ビンビサーラ王は「わたしは隠居します」と言って、奥さんと一緒に仲良く生活しているんです。政治には一切関わりなし。

 

しかし宮殿の人、軍隊、みんな、「前の王様ってありがたいねぇ。王じゃなくて自分の、まるで父親ですね」と言っているんですね。

これは権力欲の強い新王にとってはエライ気に食わんでしょう。法律的には新王にしたがっていますけど、国民の気持ち的には「前の王様がよかったね」と。

 

それでどうなったか? ビンビサーラ王は刑務所に入れられて結局は息子に殺されちゃったんですね。

 

だから、ブッダの道と俗世間の道は、なんか、ジレンマがあるんです。

 

わたしが言いたいのは、立派な政治家というのは残酷極まりない人間でなければ成り立たないんです。

 

そういうジャータカ物語も結構あります。

菩薩が王に生まれて、これこれこうで、失敗しましたと。

失敗だとは明確に書いてないんだけど、菩薩の道をこういうふうに極めたと結論づけるんだけど、わたしから見れば、政治家としては失敗でしょうと。

一貫してそれがあるんです。

 

シッダールタ王子は、俗世間の王としては失敗すると知っていて、真理の王にならなくちゃと思って出家したと思います。

それで、「魂は何ぞや」といろいろな先生から教えてもらって、「魂は存在しない」と発見して悟りに達するんですね。

 

ですから心の働きは、その時発見したでしょうね。   

 (おわり)

 

(関西月例冥想会 2015.4.4 

https://www.youtube.com/watch?v=uaX9B4_mWZw ~最後までメモしました)

f:id:thierrybuddhist:20150424120257j:plain 

関連エントリ:

物質と心の働き。原子も、電子も、素粒子も、心も、無常ならざるものはない【アビダンマ】

「瞑想を実践してみると、物質と心の働きがくっきりと区別して見えてくるし、物質だと思っていたものが心の働きで変化するんだ、心次第で変わると言うことが分かってきます。常識的な考えではないんですね。」

 

すべての「説法めも」を読むには:

【目次】説法めも

 

*1:

ダイバダッタ ⇒

提婆達多 - Wikipedia

広告を非表示にする