ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

都市部と田舎、それぞれの解決法【殺生】後編

 (ネズミ・ゴキブリ問題を解決する【殺生】前編 より続きます) 

スリランカは日本より自然の中に家があります。

しかも、窓は永久的に開けっ放し。ドアは夜になったら閉めますが、カギはかけません。カギをかけて家を出る用事があるときは、カギを探すのが大変です。カギはブランドもののイギリス製のしっかりしたのを設置しますけど、カギ自体はどこかへおいてそのまま忘れちゃう(笑)

 

自分のスリランカのお寺でも、各部屋のドアにカギ穴はついてますけど、開けるほうのカギがないんです。

それなら、泥棒もネズミもゴキブリも入りたい放題。生きていられない状態になるはずでしょ? たまたまネズミがゴキブリが入って来てもビックリもしない。餌を追って青大将も来る。そこらへんは自然の闘いをしているんです。皆さんは蛇を見ただけで大変でしょ。

 

わたしたちは、小型の毒蛇以外は見ても興奮しません。小型のハブ系の蛇は、あまりに小さいからすぐに攻撃してくる。見えないんですね、土の色だから。それが家に入ってくるとさっさと捕まえて、外に捨てます。できるだけ殺しはしないんですね。

 

一般人がわざと言葉を作っているんですよ。「(特定のすぐに攻撃してくる)毒蛇『だけ』は逃がしてはいけない」と。「だけ」を強調するんですね。ということは、他の生き物は殺すなよと言うことです。

その特定の小さな毒蛇だけは、性格が臆病ですぐに攻撃してくるから危ないんだと。

 

一番猛毒のコブラは殺しません。コブラが人を噛んだということはなかなかないんです。

だからコブラも知っています、自分のことはかなり尊敬されている(笑)と。

 

だから長きにわたって生命を愛する気持ちがあるんだから、殺虫剤もなく、生きていられます。

 

スリランカも市街地化してきて、トラブルが出てきました。

今までも蚊はいたけど、問題はなかったんです。マラリアとかなかったんです。今までは蚊がいても蚊を食べるクモ、コウモリ、ヤモリがいっぱいいて、蚊が全部食べられちゃうんです。だから蚊がいてもそんなに大変と言うこともなかった。ちょこっと困ったなと言うくらい。

 

日本の家と言うのは、ちょっと頭を使えば外から生き物が入らないようにするのが不可能、と言うことでもないんです。

敵を作っても答えが出てこない。

 

北朝鮮がミサイルを打ってきたからと言ってもね。

国民を興奮させなくちゃとか、断言的に悪い対応をあおっています。

 

無駄なミサイルを発射させる方が悪いのか、それに興奮して防衛費に無駄なお金を使っている方が悪いのか、第三者的に見てどちらが悪いのかわかりません。

 

向こうが狙っているのはこちらを興奮させることでしょ。興奮しなかったらこちらの勝ちでしょ。

 

衛星は一個だけじゃなくて何個でも打ち上げる権利はありますよ。それほどの技術を開発しているなら喜ばしいことである、と表明すればそれで終わりでしょう。

 

いつでも向こうの思う壺にこっちは興奮するでしょう。

 

よく考えると、あちらよりもこちらが金かかっているんですよ。

日本人に一人も死んで欲しくないとおもうならば、北朝鮮のことは放っておくしかないんです。その気持ちがあった上で、拉致の問題も扱うことができますよ。

 

ポイントは、敵を作ることで問題は解決しない。

それはゴキブリに対する場合でも同じことです。

マンションみたいなビルなら、人間に能力で完璧に入らないようにするということはできますね。排水溝からあがってこないように網を付けるとか。

 

東京にもありますよ。下水からネズミが入ってこないように、厚い金属の板があって、ネズミが百匹団結しても開かない。業者が来て開けないと開かないんです。

そういうふうに人間が知識で何とかすることはできます。その場合も攻撃しているわけじゃないんです。自分の縄張りを守っているんです。

 

しかし日本の田舎で外から入ってくることを防ぎきれないのなら、考え方を変えるんです。一緒に仲良くしましょうと。

 

技術・テクノロジーで自分の縄張りを確保することができればそれはそれで、できない場合は、共存。お互い仲良くしましょうと、ギリギリまで譲る。その忍耐力が人間には必要だと思います。

 

ネズミ、ゴキブリに対しては、断言的な怒りを何とかした方がいいんじゃないかなぁとおもいます。断言的な怒りだけなくなったら、だいたいは解決するはずなんです。

法則がありますからね。

 

それぞれ存在を認めることですよ。

認めたら、それで解決。

ゴキブリ退治する人は、ゴキブリの存在を認めてないんです。それならその分自分の存在も点数が減ります。だから退治しても退治しても、その問題は解決しないということになるんです。

 

認める時点でお互い様、認め合うんです。

 

わたしは実際、ゴキブリが来たらかわいいと思って飼ってやろうという気持ちになっちゃう。向こうはえらい迷惑で、「なんだこの変人は」ということで、わたしの勝ちです。わたし慣れちゃって遊んでくれるならまことに楽しい。嫌がって出ていくなら、それもそれで。

(おわり)

(関西定例瞑想会 2009.03.29

http://www.voiceblog.jp/sandarepo/825642.html  よりメモしました)

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スリランカでは虫に食べられてる野菜もみんな喜んで買う。虫に食われたものをあえて買うお客さんもいる。その野菜が安全ないい野菜と言うこと。

 

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