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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

五戒とお酒(3)酒は百薬の長なのでは?

五戒とお酒(2)悟りと食べ物の関係から続きます)

そこで、酒の量なんですけどね。

酒は薬の成分としても使う場合があります。なぜならば、薬と言うのは植物でしたから、昔はね。植物の場合は、水に溶けるものと、そのまま服用できるものと、油で溶けるもの、アルコールで溶けるものがあるんですね。

医者が薬を作る場合は、微妙に、0.1パーセントくらい、アルコールで調合するんですね。それで3か月間くらい漬けておく。

それでアルコール成分が消えた薬は、医者が推薦するなら出家も飲んで構いません。

しかし、もしアルコールのにおいと味があるならばダメなんです。ということは、アルコール成分が独立して働いているんですね。その場合は、脳細胞を壊す働きがあるんです。

 

これは出家戒律ですよ。皆様には関係ないものです。

 

出家には、アルコールを入れたお風呂、病気の時マッサージする場合に使うアルコールも禁止です。なぜかというと、アルコールは皮膚からも血液に入ります。

 

だからそこまで厳しく禁止しているんですね。

 

戒律で酒を禁止する前のエピソードがあります。

あるお坊さんが、インドの酒の祭当日に托鉢へ行きました。その祭りの日だけは女たちも子供も酒を飲む。そこへお坊さんが托鉢に行ったら、村人が「今日はこういう日ですから」とお布施と一緒に酒もいっぱいあげたんです。お坊さんも、ものすごく酔っぱらっちゃって。お釈迦様が説法しているところに行って、酔っぱらったお坊さんが汚い言葉を使ったり、お釈迦様のほうへ足を向けて寝転がったりしてしまう。

周りのお坊さんたちが「何てことを、行儀が悪い」と、頭と足を逆にしても、また動いてお釈迦様のほうへ足を向けてしまう。これを二、三回もやるんですね。

 

それでお釈迦様が、

「比丘たちよ。この人は、普段もこんな乱暴なことを言ったり、乱暴な態度を取ったりしましたか?」

「いえいえ、普段は、ちゃんと戒律を守って丁寧なお坊さんですよ」

「今日は?」

「今日は全く野蛮人ですよ」

「理由は何ですか?」

「酒の祭で、酒を飲んだからです」

「そうでしょう。今日から、酒は一切禁止です」

 

皆様も、立派な人間なのに、酒を飲んだところで猿に戻るでしょ。それを何で褒めるんですかとよく分からない。

 

酒が毒なら、毒をどの程度で飲めばいいか? という質問でしょ。 ウィルスは体に悪いでしょ。では、どのくらいウィルスに感染すればいいんですか? ちょっとだけでも嫌じゃないんですか?

 

質問者「酒は百薬の長という言葉はありますけど、それは間違いですか?」

 

それは仏説じゃないでしょう。どこかの頭がいかれた爺が言ったことでしょう。

理性で判断してほしい。

 

日本のお坊さんたちは酒を飲むでしょ。酒を、名前を変えて「はんにゃ」というでしょ。はんにゃというのはパンニャ(智慧)のことでしょ。

頭がおかしくなる酒が、智慧を現してくれる飲み物だと言葉でごまかして飲んでいるんです。それはよくないんです。

 

もっと素直になったらどうですかね。

「仏教では酒を禁止しているけど、わたしは飲んでしまいますよ。気が弱くてすみません」と言ったら、立派でしょう。

犯罪を犯しても、「その時頭が狂っちゃって怒りに狂っちゃって、こんなことをやっちゃって本当に申し訳ございません」でしょう。立派な人間だったら、本当に申し訳ございません、謝ります。罰をきちんと受けますと。

 

「いいえ、わたしはやってない、わたしはやってない」というのは、立派な人間?

あるいはわざと意図的に、精神不安定だと演じて、精神鑑定をもらって逃げる。それって立派?

 

酒は百薬の長というなら、薬を飲まずに酒を飲めば? 本当に薬の代わりには飲まないでしょう。

だから科学的に、現実的にその言葉は嘘でしょう。

 

酒を飲んでなんで肝硬変になるんですか? または、脳の中に穴が四つありますよ。その穴が大きくなっちゃって、そうするともうどうしようもないんです。

 

中毒になるものは何であっても良くないです。ヤミツキになるのはよくない、なんでも。

 

麻薬中毒で表舞台から消えた芸能人がたくさんいます。バレていないだけで麻薬に手を出している芸能人もいるでしょう。

極端な怒りと欲の世界で、麻薬に依存してしまう。

 

答えは仏教にあります。

怒り憎しみ嫉妬をなくせと。同じ歌手だったら相手がライバル・敵ではなくて、お互い協力して頑張りなさいと。心優しい人が苦労しなくても歌えるんです。「わたしは芸能人だ」と壁を作っちゃうと、お客の心を引くために演じなくちゃいけないくなります。「わたしもみんなと同じ人間です。だけど芸能の能力がちょびっと余計にあるんだから、そこでみんなを楽しませましょう」と思えば、そのパフォーマンス自体がすごく楽しい仕事になるんです。それによってその人々は精神的な栄養をいただくんです。

 

そうでないとクタクタに疲れて、酒か麻薬でもないと生きていけなくなるんですね。

 

そういうふうにわれわれの生き方が間違っているんだから、道があるのにそれを選ばないんだから、そういうトラブルが世にあるんですよ。

五戒とお酒(4)ストレス発散法なのでは?に続きます) 

 

(東京・法話と実践会 2015.05.10

http://www.ustream.tv/recorded/62088084  よりメモしました)

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関連エントリ: 

thierrybuddhist.hatenablog.com

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