ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

なぜ悟れないのか?|カッサパ如来(5)

カッサパ如来の教え、衰退の理由|カッサパ如来(4)より続きます)

そういうことで、ブッダが現れるというのは、時間の間隔で言うと単語がないほどなんです。

仏教では「不可思議」という言葉を使っています。奇跡的。だから数字で言えません。一兆分の一とか、一兆と言うのはほんのわずかな数字でしょ。インドでは「Asankeiya」というのがありまして、恐らく10の180乗だと思います。それを1に数えるんです。それを1としてまた天文学的な数字を言うんだけど、脳で理解できんでしょう。

 

われわれにとって、1を書いて、0000……と40キロメートルくらい長くかけますけど、理解できる? その数字を。

 

ですから、一つの宇宙が現れてきたら、そこに一人しかブッダが現れないというのはどれほど珍しいのかと。現れないときもありますからね。そこで、地球人口70億人の中で何人かが、ブッダに出会うチャンスがあるんですよ。

 

だからこの時間に寝たり、あくびをしたりして時間を無駄にしてください(笑) 

余裕があるんだから、明日やるんだからと。

 

経典に、「ブッダがいる時間というのは二度と来ないよ」、英訳すれば、Don’t miss the chance.という言葉があります。地球の時間というのはほんの瞬間です。そこにわれわれは、ブッダに出会っているんです。

ハッキリ言っているんです。「あんたがたは、このチャンスを逃がすなよ」と。

 

次のポイントなんですけど、わたしたちにとってはブッダの教えが分からないんです。

脳にそういう能力がないんです。

皆様は2+2=6ということを知ってるでしょう?

よく頷くこと(笑) 話を聞いていない(笑)

すぐばれますよ。2+2=4でしょ。

 

わたしたちにとっては、「からかうなよ」というところでしょう、2+2=4というのは。では、皆様が大事に育てているワンちゃんに教えてあげてください。五年あげます。五年と言うのは、犬の人生の半分ですね。人間で言えば、50歳になるまでの時間ですね。

 

2+2=4、それだけ。でも、犬にその計算ができる? できないんです。じゃあ犬ってバカですか? バカじゃないんですね。

しかし、2+2=4というのは理解不可能です。

 

犬は付き合ってみると結構賢いんですよ。何が賢いかというと、犬として生きるのは賢いんです。人間に愛されることは、犬にとってはとても大事なことなんです。

すごいですね、犬は、あれやこれやと工夫して、人間を見事に奴隷にしますね。「わたしのことなら何でもやってくれる」と。その能力は人間にないんです。他人に愛される生き方と言うのは、人間には不可能でしょう? 憎まれるのは、みんなプロですからね(笑) 金メダル級ですね。

 

それでわたしが言いたいことは、犬には2+2=4が理解できない、不可能。それは犬がバカだからじゃないんです。どこかで制限されているんですね、能力を。

 

人間も同じことなんです。

人間と言うのは、進化論から考えると、一番恐ろしい、凶暴で、残酷な生命体なんですね。凶暴で残酷だから頂点に立ったんです。なんでも殺しちゃう。体力はないんだけど、知識を使って、武器を使って殺す。動物は武器を使わない。

 

どれほど人間が残酷かというと、人間はフグも食べますからね。フグって猛毒を持ってるでしょ。プッと膨らんでトゲの風船になる。フグはいかに自分の身を守るために工夫しているかというと、体はトゲだらけ、内臓には猛毒がある。自分が食べられないように、完全に安全な状態を築いているんです。

 

そのフグを誰が食べるんですかね? 人間が食べているんです。

 

タコを食べるっていうのも、頭がどうかなっていると思いますよ。どう見てもタコはおいしそうには見えないはずなんです。美味しいなら仕方がありません。全然美味しくない、ゴムを食べているような感じで(笑)

ゴムだから、酢とか醤油とか砂糖を付けて食べるんですね。

 

そういうわけで、人間は食物連鎖の一番上に立って、何でも食う。人間が食べないものっていうのは、まず存在しない。

気持ち悪いと言ってゴキブリは普通食べないけれど、食べる人もいる。ちゃんとゴキブリを清潔に育てて、色が気持ち悪いからと白とかピンクとかに変えちゃって、何のことなく食べるようにしちゃいますよ、人間だから。

 

しかし、人間にも制限があるんです。

人間にある制限は、人間として生き延びるために能力があります。犬にも、豚にも、フグにも、あります。どんな生命も失敗しますよ。それは別に。どんな犬も人間に愛されているかというとそうでもないでしょう。生命の中で二重構造で身を守っているフグみたいな生命は珍しいんだけど、失敗しますね。食べられちゃいます。

 

だから、人間も失敗しますよ。殺されますしね。そこは置いといて。あれ、置いておく場所がない、置いてきたポイントはたくさんありますからね(笑)

 

わたしたちはすごく威張っていて、傲慢です。

「人間は神に創造された」という傲慢な態度。けものは、人間が食べるために作られているんだよ、と聖書に書いてありますよ。

 

旧約聖書をパクって、新約聖書がありまして、新約聖書をパクってコーランがあるんですね。人間にだけ魂があるんだと言っている。動物にはないんだと。

最近になってきて、動物愛護家が出てきて、人間より犬に権利があると。イギリスでは、犬に大声で怒ったら逮捕されるかもしれません。それくらい動物愛護家なんですけど、一年に一回キツネ狩りをします。それもやめなさいと言ったら、怒られたんです。

それでもわれわれは、イギリス人は立派です、イギリスの動物愛護家は立派ですと言わなくてはあかんですね。

 

この動物愛護という現代に流行ってきた感情で、ペットにお墓を作ったりする。キリスト教文化の中でも、ペットのために宗教のしきたりをいろいろやっているんですね。

人間は神様に作られた、特別に魂を与えられたというのは、あまりにも傲慢な言葉なんです。

 

それでわたしが言いたいのは、食物連鎖の上に人間が立っていて、頭がいかれているんですね。人間にかなう存在はいませんと。

仏教から言うと、「あなたの能力っていうのは犬と同じでしょう。豚と同じでしょう。メダカと同じでしょう」。

メダカはメダカとして生きる能力を持っている。2+2=4を知らなくてもちゃんと子育てできます。犬も同じ。犬はその上、召使を使っているんだからね。子育ても人間にやってもらう。『これも召使に頼めばいいんじゃない』というね。おっぱいくらいはあげますけどね。他の面倒を見ることは召使に頼め、と。体をきれいに洗ったり、あれやこれやと。遊ぶ道具を揃えてもらったり。母犬は召使に子育てをやらせて、お姫様みたいにしている。

 だから、犬は犬として生きるすべを持っている。

 

われわれはプライドを捨てて、人間世界をみなくちゃいけない。われわれの科学は人間として生きるすべ以外の何でもないんです。

知識にいつでもロックがかかっているんです。この許される範囲で何でもできますが、それ以上はできないんです。

 (それでも、なぜ悟れるのか?|カッサパ如来(6・最終回)

に続きます) 

 

ウェーサーカ祭後日・スマナサーラ長老法話 関西定例瞑想会 2015.05.04(http://www.voiceblog.jp/najiorepo/2152493.html よりメモしました)

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このシリーズ中、一番人気のエントリ:サーリプッタ尊者のお見舞い|カッサパ如来(3) 

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