ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

お釈迦様に「わたしは忙しい」と言った比丘|ウェーサーカ祭2015東京(1)

ウェーサーカ祭・スマナサーラ長老法話 東京2015.05.24

http://www.ustream.tv/recorded/62610300 よりメモしました。

 

お釈迦様は、あまり胃は丈夫ではなかったんです。

王子時代はごちそうを召し上がっていて、托鉢になると、人々からもらったご飯で生活していたんだからね。もしかすると、悪くなっていたご飯を召し上がっていたこともあったかもしれません。その托鉢のご飯が、一日一食だけでした。なんとか体を持ちこたえたんですね。最後には赤痢があって、すごく苦しくて。

 

お釈迦様が涅槃に入られた場所に行くときは、何回も何回も、「もう歩けない。ちょっと休ませてくれ」と休みながら、ときどき横になりながら、北へ北へと上がっていきヴェーサーリー(ヴァイシャーリー)へ行くんですね。

 

そこでお釈迦様はアーナンダ尊者に、

「これ以上は一歩も進めませんよ」

アーナンダ尊者は、

「そう言わないで、もうちょっとでっかい街があるんだから、そこへ行きましょうよ。こんな小さな村で涅槃に入られたら困ります」

「いえ、この場所は偉大なる場所です。ここに止まって涅槃に入ります」*1

 

その場所は皆様も行ってお参りすることができます。

 

そこで、あれほど体が弱って、そろそろ涅槃に入るというのに、人は並んで来るわ、来るわ。それでも大慈悲がお釈迦様にはありましたから、ひとこと言ってあげたり祝福をしてあげたりしていたんですね。

 

そのときお釈迦様がひとこと、おっしゃったんです。

「もしあなた方がわたしを尊敬したいと思っているならば、世の中にある金銀財宝を持ってきても意味がないんだ。わたしが教えたことを実践して幸福になりなさい」

 

それで最後に、ある一人のお坊さんが全くお釈迦さまに最後のあいさつに行かないんです。

 

悟っていない比丘たちが泣いているんです。多くの比丘たちが泣いているとき、そのダンマラーマ比丘に、「あなたはお釈迦様に挨拶しないの?」とある比丘が聞いたら、

「いえ、わたしは忙しい」

信じられない言葉なんです。「わたしは忙しい」

 

地球に一回しか現れない正覚者が、45年間しか人間としていなかった、そのお釈迦様がもうすぐ涅槃に入られると知っていて、「忙しい」というのはどういうことかと。しかも出家しているんだから。

ブッダの弟子なのに、こんな失礼な乱暴な人はいません、と周りの比丘たちが思って、お釈迦様に、

「実は困ったことがあります。想像できない乱暴な人がいて、お釈迦様に挨拶に来ないんだ。忙しいと言うんです」

お釈迦様は、「ああ、そうですか。それなら、その乱暴な人を呼びなさい」

 

釈迦尊の命令に逆らうことは、生命にはできません。神々も、「来なさい」と言われたら来る。

ダンマラーマお坊さんが、釈迦尊のところに行きました。

「あなたはすごく失礼な人で、あなたはわたしに最期のあいさつに来ない、『忙しい』と。その訴えは本当でしょうか?」

ダンマラーマ比丘が、「はい、その通りでございます。わたしは忙しいんです」

「何に忙しいんでしょうか?」

「唯一偉大なる如来が、もうそろそろ涅槃に入られます。しかしわたしは今だに悟りに達していない。解脱を経験していない。ですから、わたしはお釈迦様が涅槃に入られる前に、最期の息をする前に、解脱に達したくて必死です。忙しいんです」

と言ったんです。それで、お釈迦様は三回、

「サードゥ、サードゥ、サードゥ!(素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい)」

「このダンマラーマが、わたしを本当に尊敬しているんだよ」*2

 

俗世間の品物で行う尊敬より、われわれ一人一人が一日でも、ブッダに説かれた道を実践しようとするならば、われわれはお釈迦様に喜ばれる人間になるんです。

 

お釈迦様の、あの偉大なる力で、あの無量の慈しみの力で、われわれは守られます。すべての生命の中に現れた唯一優れた方が、われわれのそばにいるように感じることができます。それには祈りをする必要はない。お供えする必要もない。豪華な金銀やいろいろな品物をあげたりする必要もない。

馬鹿でかいお寺を作ったり仏像を作ったり、一週間・一か月・三か月かけて盛大な祭りをする必要もない。ただブッダに説かれた何か一言を心の中で実践する。それで皆様方にその一日を過ごしてほしいということで、ブッダの教えを今日一日実践してみましょう。

 

ブッダの教えを実践すると、お釈迦様を身近に、心の中で感じることができます。

問題が起きたらすぐ、心の中に答えが現れます。

われわれはこの、波風激しい世界に生きているんだから、どうなるか分からないんです。この肉体も世間のもので、自分に管理できないんですね。だから困ったことがあっても、直ちに、答えが出てくる。

例えば今の瞬間に死ぬかもしれません。と、本当に思ったら、その瞬間に心の中で、「一切の現象は無常である」「生まれたものは死んでいく」「執着を持ってはいけない」「すべて捨てていく」と頭に浮かぶんです。どこともなく。

 

だから、ブッダと一緒に生活する習慣をつけるために、今日一日を過ごしましょう。

(次回に続きます)

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お釈迦様エピソード関連エントリ:「唯我独尊」の真意(ウェーサーカ祭2009)1

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【目次】説法めも

 

*1:「お釈迦様はアーナンダ尊者に、かつてクシナーラーはマハースダッサナ王(大善見王)という転輪王の国の都であったと告げ、今は寂しいクシナーラーが如来入滅の地としてふさわしくない土地では決してないと諭しました。」A.スマナサーラ「日本人が知らないブッダの話」学研パブリッシング、2010

*2:

http://j-theravada.net/howa/howa113.html

「もしこれから私の弟子たちが私を敬いたい、私を尊敬したいと思うならば、仏教徒として在俗信徒として真面目に勤めたいと思うならば、ダンマラーマのやっていることをすべきです。彼こそが、私を尊敬する者であり、私のことを真面目に考えている弟子なのです」と。