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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

鶏が先か卵が先か?…答え・どちらが先じゃなく、初めは単細胞です。|ウェーサーカ祭2015関西(3)

芸能スポーツの秘訣|ウェーサーカ祭2015関西(2)より続きます)

お釈迦様は、すべての生き物、人間だけに限ったことではなくて、生命に対する真理を語っているんですね。

だから他の宗教と比較するとちょっと困るんですね。他の宗教は人間のことだけを語っています。この人間が親から生まれた、この親が別の人間から生まれた、とキリがないんですね。やっぱり誰かが最初に作ったんだと、そういう変な考えが宗教にはあります。鶏が先か卵が先かと。先に誰かさんが鶏を作った、で終わり。それって石器時代の人間の思考です。科学的時代ではないんです。

 

そこで大胆に、理性のある人に語りますよ、と始めたのはお釈迦様なんです。

あらゆる神話、迷信をすべて捨てちゃったんですね。

事細かな迷信を、なんかわれわれは遺伝子的に持っていて、日本にしてもたとえば結婚式、出産祝い、そういう時にお金をあげたりするでしょう。その祝儀袋の糸の結び方が決まっていますからね。間違っても、結婚式に葬式用の香典封筒にお金を入れてあげたら? 色違いだけなんですけど本当は。

でも、そのしきたりを破りたくないでしょ? わたしもちゃんと香典入れを買ってきて使います。そういうものも迷信といえば迷信なんですね。カッコいい、カッコ悪いというのは迷信ではないんです。結婚式の祝儀袋も、きれいな紙を使ったりしている。そういうふうに美しさを目指してやるならば迷信ではないので、問題ありません。

 

日常生活になんとなく迷信が入っているんですね。

わたしたちは現代人だと言っても、わたしたちの生き方も迷信に凝り固まっているんですね。

 

スリランカ人の子供が日本に来て、池なんかに小銭が入っているのを「なんで?」と。

わたしは「日本人というのは水たまりをみたらそこに金を投げるんです」。あれも日本の伝統習慣じゃないんです。なんか訳が分からなくなっているんですね。

お寺に行く場合は、入り口で手を洗って口を洗って、というのは日本の伝統文化でね。そういうのは子供たちにも教えてあげます。

 

日本の文化はちゃんと教えたんですけど、日本人も訳も分からずやっていることはすごくからかっちゃって、説明したりしました。

 

とにかくわれわれは、迷信に凝り固まって宗教を作っているんですね。

宗教のはじまりもおかしい。鶏が先か卵が先か? 答えはちゃんとあるんです。これは変化の過程で現われただけなんです。初めは単細胞でした。どちらが先じゃなく、初めは単細胞なんです。

 

単細胞が現れて、細胞がどんどん生命体にくっついて、くっついてきて、それで枝分かれになっちゃって、分裂することで子孫を残すのはマズイと、いろいろな分野にいって遺伝子も開発して現在になっているということです。

なんで人間が宗教を作ったんですか?|ウェーサーカ祭2015関西(4)に続きます) 

 

ウェーサーカ祭2015.05.03 関西

https://www.youtube.com/watch?v=tw5vbsvdEAc よりメモしました。

 

関連エントリ:スピリチュアル霊能師が、霊魂は確かにあると言っていたのを聞いたんですけど……

現代が心の時代というのは、原始時代にさかのぼることですよ、はっきり言えば。

迷信の塊というのは原始人でしょ。病気になっても霊の祟りだとか。ちょっと豊作なら神の恵みで、凶作なら罰が当たったんだとか。

今は、もう一度、原始時代に戻って、迷信の世界で何か頼りになるものがあるのかと探しているんです。でも、それは頼りにならない、とお釈迦様にも説かれているし、また新しい問題が生まれる。

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