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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

なんで人間が宗教を作ったんですか?|ウェーサーカ祭2015関西(4)

鶏が先か卵が先か?…答え・どちらが先じゃなく、初めは単細胞です。|ウェーサーカ祭2015関西(3)より続きます)

絶対神がいると、いまだに真面目に信じるのかと。それはお釈迦様が迷信とおっしゃいました。絶対神は迷信であると。

 

それで問題は、なんで人間が宗教を作ったんですか? と。そこが大きな問題なんです。

 

脅えがあったんです。震えていたんです。

人間という生命体は、他の生命より体が弱くて。初期時代の哺乳類はちっぽけで情けないでしょう。隠れて、隠れて、それで猿まで進化したら、一部は狩りも何もできない、一番弱くて隠れていることしかできない。肉食動物は獲物を取って食べて去っていくんですね。その時猿でしたけど、人間という生命は、食べるものがないんですね。自分で狩りができないから。そこで肉食動物が残して行った食べ残しを、自分で骨を砕いて、中にある骨髄を食べたりしたという説があります。正しいかどうかわかりませんけど。

 

そこで、かぼちゃみたいな頭が食べ残しの獲物にはあるんだから、これを割っちゃったら、食べるものがいっぱいあるんですね。そういうものを食べたんだから、人間だけ脳が発達したんじゃないかなあと、これは推測なんですが。

 

特に人間というのは脅えがあったんですね。死にたくない。で、自然界は怖い。そこで何となく、守ってほしい、助けてほしいという気持ちが起こる。その気持ちが成長して、最初は一神教はなかったんだからね。これは勘違いです。一神教というのはかなり後でできたもので、最初は、山があったら拝みました、岩があったら、「あ、デカ! じゃあ」と拝みました。でかいものは拝んだんです、とにかく。

 

それでインドでは紀元前三千年前なんですけど、風もおっかない、雷もおっかない、じゃあ拝みましょうと。雨や雷、なんでも拝んで、「雨の支配者が、雷の支配者がいるんじゃないか?」と思って、支配者を作るんですね。そうすると子供たちに、次の世代に馬鹿にされないんですね。

 

それで多神教というものがインドで現われました。エジプトも多神教です。多神教では神がたくさんいるから政治的にまとめなくちゃあかんですね。そこで、神々の中で、大名みたいな侍みたいな連中を、人間が作るんですよ。それで大臣クラスの神々を作らなくちゃいけないし、やっぱり結局は王様を作らなくちゃいけなくなってくるんですね。

 

そういうふうにたくさんの神々を信仰したことがカテゴライズになって最終的に一つになった。ヒンドゥー教はまだ優しくて、ボスがいてボスの周りに家来たちがいて、とかね、そういう信仰ですけど。中東の人たちは恐ろしい信仰を作って、「俺だけエライ」と、他全部捨てましょうよと。捨てたんだけど、実は多神教をやってはいるんです。イスラム教絶対神だと言っているけれど、結構いろんなものを信仰しています。キリスト教も、マリア信仰、聖者信仰……。だから、多神教を消すことはできなくなっているんですね。

 

日本でもね、えらい神がいて、そのまわりに家来の神が、と。

 

そういうふうに恐怖感があったから神への信仰が出来上がったんですよ。

お釈迦様はそこを超越しているんですね。お釈迦様は、「なんであなたは生きていきたいと思うのか?」「おかしいんじゃないか?」と。のどが乾いたら水が飲みたいという気持ちはわかります。しかし生きていきたい、とは? そこで思考パターンに問題があるんだと。

 

そこを解決しないで、神が支配しているんだと思った時点で間違っているでしょう。人間同士では支配されていますよ。怖いことに子供も親を支配しようとするんだから。

存在というのは、死によって成り立っている|ウェーサーカ祭2015関西(5)に続きます)  

ウェーサーカ祭2015.05.03 関西

https://www.youtube.com/watch?v=tw5vbsvdEAc よりメモしました。

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関連エントリ:よく考えてみると、宗教というのは何なのか、と。(スマナサーラ長老2015年新年法話)

正直なところから考えると、法則があるんです。

たとえば、ずっと生きていきたい、死にたくないと思っている人びとはその衝動で生きています。その生き方が、反対に働きます。金を儲けたい、という衝動が、持っている財産を失くす方向へ働く。

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