ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

結婚とはなにか?

今週のお題「結婚を決めた理由」

質問

「結婚すると、ほとんどの人は、配偶者に対する執着が強くなって、ますます自我に苦しむと思うんですけど、長老の結婚制度についての見解を教えてください」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

相手に執着するのも何年間くらいですかね。(聴衆笑)

それはあまり気にする必要はないんです。

もしずっと執着しているなら、精神的におかしいです。相手が逃げます。

執着される被害者がね。だから、なかなかその結婚は成り立たないんです。

 

結婚するのは若者だから、当然、愛着・執着はありますよ。相手を独り占めにしたい、というね。でも、それはすぐに味気が無くなっちゃうんです。

 

結婚というのは人間二人が生活することなんですね。お互いに助け合って、補って、互いのことを心配して、協力し合って生活することなんです。

そういう人間同士で、一緒に生活するということを考えなくちゃいけませんね。

 

だから理想的なところは、「わたしは相手に対してどうすればいいか?」

相手も、同じようにお互いが考えるならば、かなりうまくいきます。

 

それから、結婚ていうのは、自由がなくなるんです。

自分のわがまま・奔放で生きていられない覚悟で結婚しなくちゃいけないです。男も女も。

 

スリランカの人たちはそれを堂々と言うんですね。

来月、結婚するとなったら、「わたしは来月から刑務所ですからね。あと一か月間しかないんだよ、自由に生きられる時間は」と。

 

日本の国の場合はね、わたしはほとんど男側のことしか知らんだから、男の人は結婚したら、それからすべて、相手が言う通りにやるんです。何か判断するにも、何かするにも、奥さんに言って「どうですかね?」と。奥さんが「それはやめなさい」と言ったら、やめるんです。

 

それで自分の自由が無くなっています。だからって、女の人も馬鹿じゃないんですよ。ものすごく男の世界を知っていて、ものすごく理解していて、それなりに自由をあげているんですね。「友達と遊びたいな」と旦那さんが言ったら、「行って、行って」と言うんです。

 

ですから、お互いの自由が無くなっているんです。

それを理解しなくてはいけない。わがまま奔放では生きていられない。相手が何を考えているかを考えて、自分の意見ではなくて、相手に合わせた意見で生活しなくてはいけないんですね。

 

そういうことが結婚なんですね。

その仕事は、ずっとあると思わなきゃダメです。夫婦仲良くするということは毎日の努力です。

女の人が失敗するのはそこなんです。全部オート(自動制御)で動くと思っているんです。

男も大体、当たり前やと思っちゃうんですね。それが良くない。

 

だから気をつけて、時間を経つと、すべてのことはオートモードになっていて、朝ごはんを作る、買い物をする、テレビ見る、みんなの生活パターンがなんとなくマンネリになっちゃって、それに慣れてしまうと、なんか、決まっている・わかっている、ということになっちゃうんです。しかし、それはない。人間は毎日変わるんです。状況も毎日変わります。

 

ですから、努力は毎日のことなんです。

 

そういうことですね、仏教的に言えるのはね。

 

ある程度で、犠牲と言う言葉を使っていいかどうかわかりませんが、自分の時間が無くなることを犠牲というならばね。

 

二人ともある程度、いろんなものを、相手のためになくさなきゃいけないというのはあります。自分の生活パターンを何も変えないで、便利な道具として結婚するのは全部失敗します。

 

男性の立場から言えば、仕事もあるし家もあるし、欠けているのは奥さんだと結婚する。それは家に道具を持ってくるような感じなんです。

女性もそう思うならば、自分には今は男がいたほうがいいやと思って結婚するなら、自分の人生に欠けたアクセサリーをつける結婚になっちゃうんですね。そういうのは結婚じゃないんですね。それはあまり長持ちしないんです。

 

連れてきた女性が家の家具に合わなかったら、逃げてしまいますね。

家とは関係なく、人間同士で仲良く生活することなんです。

 

ときどきね、職業的に結婚する場合もあるでしょう。家は農家だから、農業好きな人と結婚したいなとかありますけどね。その場合は、仕事をするためにもう一人やとっているような感じになっちゃうんですね。それは考え方がおかしい。

 

家は農家かもしれませんけど、男性は一緒に生活するために人間を探しているんです。それで、結婚するときは、「うちは農家だから、農業が嫌いだと苦しくなりますよ」と伝えて、相手の女性がその分は自分が譲歩します、といえば大丈夫。でも女性が「それは嫌ですよ。農業は大嫌いです」と言う場合は、本人がそこは譲歩できない。そのときはその結婚は成立しません。

 

家が農家だから、奥さんに「あんたも農業やりなさい」と言うのは人権侵害になる。職業結婚はよくないんです。

 

そこは最初から理解してもらわなくちゃいけない。

ときどきお寺の男性が普通の女性と結婚する。普通のひとはお寺っていうものが丸いものか四角いものかもわからないし。でも相手のことが好きで結婚するんですね。それから一つ一つ学んで、しまいには男を追い出しちゃって自分が、と(笑)。

お寺の檀家さんも奥さんとしゃべるんであって、旦那さんとはしゃべりません。

それは大成功ですよ。

 

そういうことですよ、仏教的にみれば結婚ていうのはね。

 

どこかでこころにつながりがあって結婚する。体を見る結婚っていうのは失敗する。まず体にひかれちゃうんだからね。それで決めたはいけませんね。

性格が、こころが合うかどうかで判断しなくてはいけません。

 

 

関西月例冥想会 2015.09.21

https://www.youtube.com/watch?v=R7k8_Fvqueg

 12:00~23:00よりメモしました。

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