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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

will(意思)はあるけどfreeはない(6)指一本動かすことも自己責任

因果法則・業(カルマ)・輪廻転生 説法めも

Free will(自由意思)はあるのか?(5)指一本動かすことも自己責任 から続きます)

仏教は最初から矛盾なくしゃべっています。たとえば、「意思に責任を持つしかない」ということは否定できない事実です。

他人の意志でなにもできません。

世の中には強引にやらせたり、マインドコントロールやいろいろありますよ。でも自分でやらないと。自分でマインドコントロールを受け取らないと。

 

オウムの麻原も本人は何の科学知識もなかったでしょう。しかし周りの人々が研究して機器を作ってサリンを作った。それでその人々が罪から逃げられると思う? 「洗脳されていました」と。正真正銘の洗脳ですが、洗脳された人々も自分でやっていたんです。

 

仏教でいう、人が自分の意思でやっているというのは、動物もみんな、ミミズも自分の意志で土の中に隠れているんです。意思がなかったら、土の上に出したらそのままいるだけ。意思がなかったら生きていられません。

意思が業なんです。生きることはそのまま業でもあります。

 

自分のものというのは、業なんです。(注:本来「自分」というものはないが、ここでは言葉の定義として使用する)

自分から絶対離れないものは業なんです。意思なんです。

結果を出しっぱなしなんです、生きるということは。

原因・結果、原因・結果の流れでしょう。原因は自分が作るんです。

 

では、意思は仏教は認める。

問題は、free willなんです。意思は自由なのか?

結論は、will(意思)はあるんだけど、freeはない。

 

意思はあります。しかし、自由ではない。

 

そうだったら、責任を持たなくてもいいでしょう? それがそうじゃない。

 

意思も一つの現象ですから、原因によって起こります。ですから、条件を付けています。

英語の単語が一番いいんですが、condition (条件)の中に、意思が生まれます。

 

猫は、ゴキブリや昆虫など動くものがあったら、捕まえに行く。じゃあ猫に、「放っておきなさい。殺すなよ」と教えてください。一般的には無理だと思います。猫には条件を付けられてしまっています。小さな動く動物がいたら、飛んで捕まえてください、と。

 

猫ちゃんがゴキブリを見ると、ものすごい意思が生まれてくるんです。

あいつを何としても捕まえたいと。それで隠れて、おなかでゆっくりゆっくり進むんです。そういうふうに力強く計画しています。そのときに猫を呼んでみてください。聞こえません。ものすごく集中しています。

 

だから当然、猫が自分の意思でやっていますけど、残念ながらconditionですから、条件付けられているから、ゴキブリを殺してしまいます。しかし罪がないとは言えません。罪があります、重い罪に。

 

野生の猫ならどうしても生き物を取って食わなければならないでしょう? しかしそれは言い訳になりません。

殺して食べなさい、という条件がついています。しかし殺すためにはものすごい意思が働かないと。ライオンも動物を殺して食べなくちゃでしょう。しかし、かなり計画を立てて、ライオンの群れをいろんなところに配置して、周りをちゃんとプランニングして、一匹のライオンが獲物をまず襲って、獲物の群れは左に走るか右に走るかわからない。どちらにせよ、ライオンが待ち構えています。また別の方向へ行っても、どこかで殺されます。一匹獲物をとったらそこで狩りは終わり、みんなでそれを食べます。

 

ライオンはガゼルやら鹿やらね、何か食べて生活するしかないんだけど、その狩りをする時の意志の強さは並じゃないんです。しかしライオンは学校に行ったことはないし、プログラミング、ビジネスマネージメントを学んだこともない。しかしちゃんとやっています。

 

そういうことで、われわれの意志はいつでも条件を付けられています。

だから自由じゃない。

悔しいのは、自由がないのにそれは業になります。

 

人間の場合も同じことで、わたしたちの前に草の束とおにぎりを並べておけば、おにぎりのほうがおいしいなと思います。草の束は、なんだこれはと全くごちそうには思えない。頼まれてもごちそうに思えませんね。条件がつけられているんです。おにぎりが人間にはおいしいんです。

 

そこで人間におにぎりが食べたいという意思が生まれる。それは自分の責任になります。

 

だから、たとえば悪い仲間に育てられた人は、当然悪いことをします。善いことをしようと思わない。もう条件付けられちゃったんです。善いグループで育てられた人は、悪いことをしようと思わない。善いことをしようとする。そちらはその条件を付けられています。

 

動物もね、ボールで遊ぶとか輪っかを飛ぶとか、そういうのは動物のやることじゃないんです。水族館でいろいろ芸をやっているでしょう。やるように教えられるからです。本人の意思がなければ飛びませんよ。しかし条件が付けられたから、輪っかを飛んで、えさをもらっちゃいます。それで褒めてもらうんです。

 

一部の動物でも、本来やるはずのないものをやらせることはできます。しかし何でもやらせることができるかというと、これは無理です。

オットセイも、鼻の上でボールをキャッチしたりしています。何か楽器をやらせる。何とか曲っぽいものが出来上がります。文字も何とか書かせる。ずっと信号を出していますからね。信号通りに動きます。

 

しかしイルカに文字を書かせるのは無理でしょうね。

 

オットセイは陸上に上がれるし歩けるから、何とかできるだろうと。だからfreeではないんです。常に条件がかかってきます。

 

微妙なところは、freewillなら自己責任はないでしょう、というところなんです。

しかし責任はあります。

人が空き巣に入ったら、家にあるごみ箱とか野菜とか机とか布団とか持って行かないでしょう。持って行くのは決まっています。泥棒に自由意思があったら何でもいいから持って行けばいいでしょう、そうではなく、現金を持って行きます。

そこで人間は、金になるものを持って行くという条件を付けられています。条件を付けられているから罪がないと思う?

罪があります。

 

自分の家にクマが入ったとしてください。クマは現金を、宝石を持って行きますかね? クマは冷蔵庫を開けたり台所を無茶苦茶にするかも知れません。食べ物を持って行くかもしれない。人間にもクマにも、何を持って行くかという条件が付けられています。

 

意思があるんだけど、意思は自由じゃないんです。

仏教は戒定慧の三学です(7)指一本動かすことも自己責任に続きます)

スマナサーラ長老・関西定例冥想会 2011.10.02「指一本動かすことも自己責任」

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1577072.html よりメモしました。

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