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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

最終回|より幸福になるために(3)

幸せ 説法めも

自分が磁石になって富がくっついてくる|より幸福になるために(2)から続きます)

それから、次の三番目のステージ。それで幸せか? 

幸せじゃないんです。そういう色々なものがあると、かえって迷惑なんです。足かせになります。自分の家に親戚の子が遊びに来て、百五十万円の時計を壊しちゃった。どうする? これが五千円で買った時計だったら、「おじちゃん、これくれる?」と言われて「いいよ、持って行っても」と言えるでしょう。高いものは、壊れなかったとしても、ちょっと傷付いちゃったらどうする? 親に弁償しなさいとも言えないでしょう。かと言って、「こら何やってる!」と怒るのもマズいでしょう。これでかなり大変なことになりますよ。

 

幸せ気分でいても、自分を品物の奴隷にさせちゃうんです。

七面倒くさくなっちゃうんですね、生きることが。ですから、仏教ではこころの安らぎが幸せだといいます。モノがあるよりない方が幸せだとするんです。でも、全くなくては生きていられませんから、そこそ適当で、ああ十分とする。こころの安らぎを幸せとする。これが仏教的に言う幸せなんですね。

 

そこは、究極なところまで持って行きます。

こころの安らぎはどうやって壊れるのかというところで、究極的には、無執着が、安穏・安らぎ、ということになります。それは幸せ論です。

 

次、徳を積んでより幸せになるということじゃなく、われわれは日々、向上しなくてはいけない。進化しなくてはいけない。

わたしたちが考える幸せは、同じところでグルグル回る幸せなんですね。虎の尾っぽを捕まえた幸せです。虎に食べられそうになって、尾っぽをつかんで一緒に回ったら、虎に捕まりませんから、すごく幸せですね。わたしたちが考える幸せは、虎の尾っぽをつかんでいるようなもので、ぜったい離せなくなっちゃうんです。手を放した瞬間、虎に食べられちゃいますからね。

 

もし高い車を買っちゃうと、いろんな税金がついてきますね。

個人が品物を持っただけで、政府はそれに金を払えと言ってくる。仕方がなくそのナントカ税を払う。駐車場もどこでもいいわけじゃない。安全な駐車場を借りる。どんどんと費用がかかる。車の値段に比例して費用も掛かります。幸せか不幸かよくわからないということになります。

 

一応、そういう幸せもあると分かったうえで、われわれはより良い人間に進化しなくてはいけない。前進しなくてはいけない。それを目指して徳を積むんです。布施と戒律、冥想実践と言う三本柱でこれは成り立ってきます。

 

それはよりよい人格になるために、と。そういう人々は、虎の尾っぽの幸せはあまり気にしない。が、不幸になるわけでもない。たとえば、自分に金が入ってきたらいい車を買っちゃう。その人は布施の精神で、その高級車の楽しみをみんなと分かち合いたいんですね。そうすると、みんなが七面倒くさいことをやってくれます。「わたしが洗車します」「わたしは掃除します」とかね。そのひとにとっては、虎の尾っぽの理論の法則が、なくなっています。

 

そういう法則で徳を積む人は、欲をなくす目的で、執着をなくす目的で、布施をする。それで、執着を消えたところで、これって楽ですねと感じてみる。やっぱり、取るより上げる方が気分がいい。

 

道徳・戒律を守ることによって、感情に勝った時は気分がいい、負けたときは気分が悪いんだと知って、自分の感情に勝ち続ける目的で戒律を守る。それで間違いのない人生だから、精神的に自動的に落ち着く。戒律を守る人の人生は間違いのないものです。もし間違いを起しちゃったら、すごく後悔したり落ち込んだりする。それでこころのサマーディ・統一性がなくなるんです。だから戒律を守る。守ると自分の人生にはほとんど間違いがない。それで落ち着いています。冥想が淡々と進むんです。よりよく高いレベルになります。

 

かなり内容がたくさんですけど。全部忘れると思いますけど。質問は簡単だけど、こたえはちょっと、そういうことになります。以上です。

(おわり)

 

関西月例冥想会 2015.11.08

https://www.youtube.com/watch?v=qz90gPfk3hE(26:00~1:16:00)

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