ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

ブッダが説く諦めとは何か(1)

スマナサーラ長老・関西講演 2012.07.15 「ブッダが説く諦めとは何か」

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1766862.html を聞いて書きました。>

 

今日のテーマは、仏教が語る「諦め」とは何なのか、ということです。このテーマになる理由はね、大したことはないんです。一般的な日常生活の中で、日本語では「諦める」と言う言葉を使っています。だから気になるんですよ。ごく一般的な単語になっていますから、仏教でも使っているのはどういうことかと、こういうふうにテーマになっているんです。

 

西洋文化では、「諦める」という言葉はあんまりないんですね。ないわけではないんだけど、日常茶飯事に使う言葉ではないんですね。政治家が「never give up」と「諦めるなよ」と使いますね。

 

日本文化では、never give up じゃなくて「粘り強く」「辛抱強く」という言葉があるんですね。

人間に何か語る場合は、その人間の文化背景から、思考パターンから話していった方がよろしいでしょう。

 

お釈迦様がおっしゃった「諦め」とはどういうものか。パーリ語を英訳するときでも「give up」とは訳しません。もっと違った難しい単語を使うんです。それを分かりやすい英単語に置き換えると、disinterested なんですね。uninterested ではないんです。

 

お釈迦様がおっしゃっている「諦める」が、一般的に日常使っている「諦める」とは違うっていうことは当たり前ですね。だからって全く違うということではなく、似ているところもあります。まず覚えておいてください。諦めるとは、智慧のことなんです。理解のことなんです。よくわかったぞ、ということなんです。それは日常語の意味とは違いますね。子供達が「諦めるー」と言った場合は、よくわかったぞ、ということでないですね。

 

このポイントを憶えておいてください。諦める、とは智慧なんです。仏教とは、「智慧教」なんですよ。日本語直訳すれば、「智慧の教え」です。ブッダとは、智慧に達したという意味だから、そこから、仏教となっている。宗教と言う意味の「教」ではなくて、「教え」なんですね。

東洋は他宗教信仰-ブッダが説く諦めとは何か(2)に続きます)

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画像元:Eezee English Zone: Uninterested, Disinterested-The difference.

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