ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

執着が成り立たない-ブッダが説く諦めとは何か(7)

成長と諦め-ブッダが説く諦めとは何か(6)から続きます)

人生は、毎日変化する。変化するたびに、必要なものは変わっていくんです。だから、きれいさっぱり昨日のことを捨てないと、今日は息苦しいんです。昨日のものはもうゴミです。諦めてないと、今日必要なものの上に、昨日必要だったものも取っておかなくてはならない。そうするとどうなりますか? 生きていけなくなりますよ。ゴミばっかりで、占領されちゃって。

 

今日生きるために必要なものは、もうどうしようもない。さらに昨日必要だったものも一緒に入れちゃうと、今日必要なものも一緒に汚れてしまいます。

 

たとえば人間関係。生きるために必要なものです。それで友達に依存している。だからって、ずっと死ぬまでその関係を持てるか、持つべきかというと、よく考えたほうがいい。捨てるときは捨てなくちゃいけないときも来ます。ときどき、自分の生きる環境が変わっていく。生活習慣も変わっていくが、古い友達は捨てられなくて、諦めきれなくて、ずーっとついていく。どうなりますか?

 

たとえば、若いころ、暴力団の人々と仲良くしていた、とする。しかし、自分が一応勉強もできて、政治家の家で生まれた人で、政治の道を歩むようになる。この人の生き方も変わっていくでしょう。しかし、若いころの友達はやっぱり忘れられません、と思って、暴力団との関係を持って行っちゃうとどうなるんですかね?

 

確かに、ある時期はどんな子供にも、親に逆らってハチャメチャやるときもあります。そのとき暴力団と仲良くなった。しかし、自分の人生が変わると、その関係を保てなくなりますよ。

 

智慧っていうのは、自分の人生は変わるんだ、昨日のわたしと今日のわたしは違うんだと、生きるためにはいろんなものに依存しなくちゃいけないんだ、とわかること。ですから、依存するものはその日だけにして、その後は捨てます。

 

たとえば、肺がんになってもタバコはやめたくないという人がいるとするでしょう。糖尿になっているのに、甘いものを食べることをやめたくはない。こういうケースは、智慧がなくて病気なんです。

 

それでブッダの智慧で言えば、諦めるとは、執着が成り立たない、ということなんです。

 

子供が鬼になって執着するおもちゃも、ある時期で「さようなら」なんです。

この人と死ぬまで一緒に、「幸福なときも病めるときも、なんたらかんたら」と嘘ばっかり言っている、教会でね。死ぬまで一緒に生活するんだぞと言っても、一年やそこらでハイさようならということもあります。

 

人の気持ちは変わる-ブッダが説く諦めとは何か(8)に続きます)

 

関西定例冥想会 2012.07.15 ブッダが説く諦めとは何か

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1766862.html より聞いて書きました。

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