ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

脳の気持ち - 功徳(3)

(前回 経典のポイント - 功徳(2) から続きます)

存在欲、執着を脱する方法っていうのは、ありのままに物事を観察することなんですね。 

だから、お金をあげて、自分のことを可愛がらずにどうでもいいや、という気分になるよりは、本当にこれはどういうものかと、直接、執着にアタックして、それを取り除く。だから、抑え込んでおくのでなくて、それをそのまま取って捨ててしまうということです。それが一番徳が高いことです。

 

それで、これからヴィパッサナー実践をやってみてください。

これは難しい、ヴィパッサナー実践は。脳にわからないんです。脳細胞には。脳細胞の仕事は、ほかの細胞をとにかく生かしてあげることなんです。他に能力がないんです。われわれは何をやっても、存在のためにやっているんです。占いをしても、宇宙の研究をしても、すべて、この細胞を生かすためなんです。映画を観るのもね。

 

脳はデータを取りますよ。

データを取って生きてみるんです。脳が自分のデータはすべて正しいと思っているんです。間違っているけどいいんじゃない、となると細胞が死んじゃうでしょう。だから脳はそこら辺をすごく責任を持って、細胞を生かしてあげなくちゃならないと仕事をしている。歩きなさい、座りなさい、ご飯を食べなさい、ご飯じゃなくてラーメン食べなさい、と指令をするんです。各指令が正しい指令だと思っている。

 

だから人を殴る場合も、「あいつを殴れ」と脳が言うんです。

脳はそれが正しいと思っている。だから脳の判断は、脳が勝手に正しいと思っているんだけど、よく見ると、なんかあやしいね。

 

人を殴った人は、加害者は、自分が正しいと思っていますよ

「だってしょうがないでしょう」と言うでしょう。殴るしかなかった、と。「自分は正しい」と思うことをやっていますよ。人殺しする人も、ISISに参加する人々も、みんな自分は正しいことをやっていると思っています。

(次回 脳の危険なところ - 功徳(4)に続きます)

 f:id:thierrybuddhist:20160304125549j:plain