ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

死随観 - 功徳(5)

(前回 脳の危険なところ - 功徳(4) から続きます)

それで脳と言うのは、大胆な仕事をしているわけじゃない。

脳の仕事と言うのは、体の細胞組織を生かす事。しかしいくら頑張っても壊れて死ぬんだということは、脳はわからないんです。だから、脳に死を認識する力がないんです。

 

だからお釈迦様があえて、死随観という冥想を教えているんです。

死を随観して、念じてみなさいと。それができないんだから、ちゃんと教えていますよ。他人の死をみなさいと。自分の死を想像することもできないんです。想像することも妄想することも不可能です。

 

他人の死をみて、死を随感しなさいと。

そこで他人が死んでいく。どんな人か、どういうふうに生きていた人か。総理大臣も死んだ、おじいさんも死んだ、母親も死んだ、とかね。その人はこういう生き方をして死んでいった。何とか教授も、歳取って死んじゃった。ノーベル賞を取ったあの人も死んじゃった。

 

だから生きている間に何をやっていても、結局は同じだ。

わたしも同じだ。ずーっと入れ替えして、ものすごい無理矢理に、脳にまるっきり不可能な認識能力をあげるんです。でなきゃ、われわれの脳は信頼できないんです。

(次回 うんこで健康 - 功徳(6)に続きます)

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