(前回 信用できない脳 - 功徳(8)から続きます)
たとえば小説を読むでしょう。
これって完全な嘘でしょう。映画を観るでしょう。
映画ってホント? 完璧嘘でしょう。
スターウォーズとか、本当?
ただのコンピューターで作った画面に人間の顔をつけているけれど、見ていて楽しいでしょう?
だから、その楽しみが必要なんですよ。それで細胞が生きていますからね。
だから、明らかに嘘を栄養にしているんです。
小さいときからもそうです。子供達に最初から嘘ばっかり教えているんだから。
脳に真理か嘘かということは、関係ないんです。
生きられるか生きられないかだけなんです。
次の脳の失敗は、自分がやっていることで生きることの邪魔になるんです。
怒り嫉妬憎しみで、うまく社会環境を築けなくなっちゃうでしょう。
人を恨んだり、見下したりして、どうやって会社で仕事ができるんですか?
脳はそれでいいと思っている。
だから同じ会社で仲間を馬鹿にする。
学校でいじめたりする。
家族の中でもけなし合いがある。
それでは幸せに生きていけないでしょう。
でも脳はやめません。
言った方がいいと思って、奥さんが旦那さんに向かって、ギャアギャアギャアギャア言う。
奥さんは言った方がいいと思っているんですね。
言われたほうは、精神的に絞られちゃって居てもたってもいられなくなっちゃって、委縮してしまうんだということは、言うほうの人間にとってはどうでもいい。
言われたほうは、仕事をやる気もなくなっちゃって、食欲もなくなっちゃう。
あまりにも言われるんだから。
その人の人生をしぼませちゃって生きられなくしたら、自分が大変だとは、そこまで考えていないんです。
ちょっとしたことで細胞が死ぬんだから、脳にその余裕がないんです。
「決めた、やった。決めた、やった」それで終わり。
(次回 知識とは何か - 功徳(10)に続きます)
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