(前回 投げられた石に噛みつく - 病とこころ(1)から続きます)
たとえば、アルコールを飲んで車を運転するたびに事故を起こすわけじゃないでしょう。
酔って車を運転している途中でぶつかる場合もある。到着して車を止めるときにぶつける場合もある。あるいは、無事に行ったのに、バックするときぶつける可能性もあります。どんな時にぶつけるかわかりませんだけど。
だからと言って、確実に飲酒運転は事故を起こすわけじゃないんですよ。
しかし飲酒した状況で事故を起こした場合、原因はアルコールなんですね。しかし、酒を飲んで運転して、問題なく最後まで行ける人もいる。それもこころの法則。その中にあるのも、こころの法則。
こころが全部やっているんです。
だからわれわれは、こころが病気になって、ある時期になると体も病気になる。そこで、こころが病気だからと言って、必ず体が病気になるかというと、ちょっと違います。飲酒運転と同じです。たまにうまくいく人もいるんです。
しかしそれがいいわけじゃないでしょう。
たまたま、うまくいったからと言って、だから飲酒運転は大丈夫だというのはダメなんですね。
そういうわけで、肉体・物質に対してあまり噛みつくことをやめましょう。
それは品のない動物のやることなんです。肉体に噛みついちゃうと、投げられた石に噛みついちゃうと、投げた人はもう一個投げますよ。だって面白いでしょう。これは終わらないんです。またもう一個投げる。
その動物は、石を投げられて痛い目に合うように、自分でやっているんです。
もし、石ではなくて、投げた人に噛みついて威嚇したら、もう二度とその人は投げないんです。原因を見つけたんだからね。
そういうわけで、われわれの思考が、すべて作るんです。
ものすごい不幸な人間になるか、ものすごい幸福な人間になるのか。すごい人気者になるのか、嫌われ者になるのか。すべて自分のこころ次第です。
社会から、世界から、非難・侮辱を受ける人がいるとしましょう。
なんで?
その人の思考でしょ。
思考で、やること、しゃべることでしょう。
たとえば、北朝鮮のあの人のことは皆がものすごく嫌いですね。なぜかと言うと、あの人の、ものすごく原始的な、畜生みたいな思考ですね。「来るなよ。ただで済みませんよ」と、人間社会でそんな態度をとっていいわけがないでしょう。
だから、その思考でみんなに嫌われているんです。
その人がカッコ悪いとか、結婚相手の女が良くないとか、そういうことで嫌われている? そうじゃないでしょう。髪型が良くないとか、それってどうでもいいでしょう。
その人の性格が良ければ、思考が良ければ、髪を全部剃ってスキンヘッドにしても誰も気にしませんね。
あるいは、変な服装でも、立派な人間なら、笑って終わっちゃうだけ。
そういうわけで、われわれはこころの働きについてすごく気をつけるべきなんです。
自分が不幸だったら自分の思考が原因なんです。自分がうまくいっているなら、それも自分の思考パターンが結果を出しているんです。
人が何を思うか、その思いが結果を出しています。
(次回 ダンマパダ第一・二偈 - 病とこころ(3) に続きます)