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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

食事で気をつけること(2)本当の栄養剤

前回 食事で気をつけること(1)

 

悲しいときでも歌ってごまかすんです。

悲しみはプラス栄養にならないんです。

それは逆栄養になるんだから、命の生命力が奪われる。マイナス栄養になるんです。

だから悲しみは何とかしてごまかす。

 

たとえば日本で人が死んだら、ものすごくえらい人になっちゃうんでしょ。

あの葬儀の堂々たる姿とか。かなり大騒ぎする祭りにしているんですね。本当は死んじゃったやつはどうでもいい、なんですよ。

 

親が死んじゃって自分が落ち込んじゃうと、マイナスエネルギーという栄養になるんだから、「お母さんは本当にいい人で、みんなと頑張って仲良くして、もう天国にいるんだ」ということで、自分のネガティブ栄養を抑えるんです。

 

それで葬式を終わったら豪華な弁当を配ったりして……わたしはわからない、結婚式と葬式は何が違うのか。わたしには本当にバカバカしくてね。どちらでもお祝いする場合じゃないでしょう。結婚式だって、結婚後はひどい目にあうんだから。

 

人間にとっては、結婚式は派手に素直に喜ぶんですね。

葬式の場合は、偽善的に、詐欺的なやり方をやって喜んでいる。

 

悲しみ、落ち込みっていうのはネガティブ栄養剤で、喜びはポジティブ栄養剤です。

これが、みんな分かっていますか、食べるものよりも必要なんです。細胞を維持するために。

 

バカ(無明)だから、科学者ではないんだから、これはこれに、と客観的に発見しない。前に金縛りの質問をした方も、なんか体が動かないだけだと理解すればいいのに、別な解説をしたがるんですね。人間は、研究することはしないんですね。

 

それで人間がどうすれば楽しくなる? と課題が出たでしょう。

これも自然の流れでしょう。ただ、答えがわかっていないだけ。楽しみがポジティブ栄養であるということはわかっていない。実感しているのに。体感しているのに。楽しみで、明るさで生きているのに。

 

「こんな気持ではご飯を食べてもおいしくない」と言うことがない?

「今日は食べる気にならない、こんなことがあっては」と言うでしょう。食べる気にならない、悲しいことがあった後では。

何かすごくショックを受けたところで、食べないんですよ。特に女性の方々は。

 

でも、それで栄養失調にもならないんです。

毎日そんなことをやっているのに、どうやって命がなりたっているのかと研究だけは嫌なんです。もうちょっとしたら答えでしょうに。

どうすれば楽しいのかと、課題が自然に出ちゃったんです。

 

楽しみを追っていく。それと仏教がいう「苦しみをなくすために追及していくこと」はちょっと違う。

仏教は生きることは苦だから、「存在欲で生き続けること」、そこを追っていくんです。

(続きます。食事で気をつけること(3)楽しみを追及し過ぎて - 瞑想してみる

スマナサーラ長老 関西月例冥想会 2016.3.27)

Buddha: 108 Begegnungen

 

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