読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

信(2)- 信がなければインスタント食品さえ食べられない

説法めも 仏教と日本・仏教哲学

(前回

信(1) - 修行者が育てるべき「有学の五力」

 

わたしたちは、信がなければ俗世間でも生きていけないんです。

要するに、信じることがなければ何も始まらない。すべてはそこからスタートするんです。

 

どういうことかというと。

皆様方は病気になったらどうする? 題目を唱える?

病気になったら、専門医に聞いてみるんですね。それでお医者さんが、わけのわからない、名前を見てもわからない、科学分子構造を見てもさっぱりわからない何かをくれるでしょう。そこで、あの針を刺して体の中に液体を入れようとしているでしょう。ヤバくない?

 

ヤバくないんです。わたしたちは医者を信じているんです。

医者を信じていなかったら、あれの注射できないでしょう。

 

それが、迷信ですかね?

変ですかね?

 

迷信でも変でもなく、ごく普通の理性的な行動でしょう。

われわれは知識を持っていますよ。医者っていうのは、ちゃんと医学を学んで、インターンを経て、先生たちのもとで治療して、一人前になっている人々なんですね。それを知っている。

 

それだけじゃなくて、彼らにはいい加減にはできないんだと。彼らには規則や法則を守って活動しなくちゃならない。

 

わたしたちにはその経験は何もないんです。薬の名前を聞いても、わからない。

そこで医者を信じる。その信じることが、データに基づいて、誰でも一般的に持つ「信」なんですね。

 

そういうわけで、信が必要なんです。

 

今はいろんな食品がパッケージに入って、チンして食べてくださいと。

何が入っているかわからないのに、よく食べるでしょう? あんな、どこで何を入れたかわからないものなのに、わたしたちはそれを信じている。だからそのまま、インスタント食品をパクパクと食べているんですね。

 

ただコンビニで、スーパーで、品物を買うときにも、われわれはある程度で信じて買っているんです。その信がなければ何もできません。

 

子供たちは親を信じています。

学校の先生を信じています。塾に行く場合は、塾の先生はしっかり教えてくれるでしょうと信じています。

 

警察はちゃんと法律を守ってくれると信じています。信がなければ何も成り立ちません。なんの契約もできないんです。

 

わたしが買い物をする場合はネットで買いますけど、瞬時に金が行っちゃいますよ。

品物はまだ来ていない。店で金を払って品物をもらうということではないんですね。ネットに写真があれば、写真で判断しなくちゃいけない。店に行ったら現物を見て買えますし、ときどきいじって動かしてみることもできるしね。店の人々は色々使い方を説明する。そこで一つ買いますと。

 

ネットで買い物する場合は、業者は黙って何もしないことははい。ちゃんと品物を送ってくれるんです。だまされたことは未だないんですね。

業者に信頼がなければ成り立たないんですね。

 

わたしたちは、何を買おうとも、信仰、信じるということがそちらに入っている。

だから生きる為に信という、信仰でもないんだけど、信じるということがずーっと働いています。赤ちゃんのときから。

 

赤ちゃんは「この人が母親だ」ということは知らないんですよ。しかし赤ちゃんなりにデータを処理して、「この人を信じます」ということになっていく。だから誰だって生まれてくる人間というのは、母親を信じることからスタートするんです。

 

一切の知識、能力の、すべてのスタート地点は、母親を信じることから始まるんです。そこが土台ですね。

 

それが壊れちゃうと、人間は成り立たなくなっちゃうんです。だいたい壊れないんですよ。どんな赤ちゃんでも母親を信じますからね。

 

ですから、世の中で言っている信やら信仰とかそんなもんじゃないんです、仏教で言う「信」は。

命に欠かせない、精神的なある特色なんですね。

(続きます

信(3)- 凶暴なシロクマにもある信

レトルトカレー図鑑

 

参考外部サイト:

仏教的に正しい禅定の作り方

信などについて解説されている

広告を非表示にする