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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

ブッダの教え以外で解脱した人はいません - 関西ウェーサーカ祭2016(9)

説法めも 仏教と日本・仏教哲学

前回

帝釈天の看病 - 関西ウェーサーカ祭2016(8)

 

最期のときは、一人になることもできなかった。

涅槃に入ると宣言していたからね。

最期の安居があって、それから三か月後ですね。ということは十二月あたりだと思います。

 

そこでお釈迦様は、アーナンダ尊者にはしょうがなく弱音を吐くんですけどね。「歩けないんだよ」とか「疲れたよ」とか。「ちょっと横にさせてよ」というふうに。

 

最期の日は、三回も倒れちゃったんですね。

それでやっと、クシナーラーの沙羅双樹の場所で、小さな町でしたからね、アーナンダ尊者が「もう少し行きましょう」と言うと、「いえ、もう一歩も歩けません。それに、この場所は小さな町ではないんだよ」ということで、横になって、それから立ち上がらなかったんです。

 

最期の最期に、お釈迦様がほとんどしゃべれないときでも、ある他宗教の人に説法したんですよ。そのときは、はっきり言ったんですね。

 

他宗教の人は、「誰だって解脱に達せますか?」

お釈迦様「達せますよ」

 

「解脱に達する人々は、ブッダの教え以外にもいますか?」

「あのね、解脱に達するためには、四聖諦を発見しなくちゃいけないんです。四聖諦を発見したのはわたしだけですよ。だから、わたしの教えを聞いて修行する人々以外、どこにも解脱した聖者はいません」

 

その言葉は一回だけなんですね、言ったのは。もう時間がないしね。だからもう遠慮する必要はないんですね。

 

ブッダの教え以外で解脱した人はいません」と。

 

第一沙門も、第二沙門も、第三の沙門も、第四の沙門も。預流果、一来果、不還果、阿羅漢果の四つのことですね。それら沙門は、ブッダの教えを学んだもの以外、いません。

 

だからわたしは、ブッダの教えを歪曲(わいきょく)してしまったら、終わりだと思っているんです。

ブッダの教えではなく、法華経をやったら、もう終わりですよ。

般若心経の悪口を言ったのはそういうわけなんです。

 

般若心経は、「色は苦である」は正しい。しかし、「苦は色である」は間違いなんです。色受想常識の色は苦である、というのは仏典にも書いてあることなんです。

これを変えちゃうんですね、般若心経では。

何も知らない人々が。

 

それで、「ギャーテー、ギャーテー」で終わっちゃうんです。解脱の一かけらもないんです。

 

わたしもお釈迦様と同じくハッキリ言いますけど、あれは写経するな、と。不幸になります。

だって仏法僧を侮辱することだから。

写経するなら「慈経」が一番いいんです。

 

探していましたが、慈経の漢文はないそうです。漢訳仏教では。

シンガポール、マレーシアに、慈経の漢文があるのかとメールで問い合わせましたが、ないようですね。

 

写経して徳を積みたいと思うならば、ブッダの言葉でなければ。

(続きます

三大事件をまとめた裏の意味 - 関西ウェーサーカ祭2016(最終回・10)

 

スマナサーラ長老・ウェーサーカ祭 午後法話 mayadevi 2016.4.29

https://www.youtube.com/watch?v=vYomM7Q2ROY&feature=youtu.be(期間限定公開動画)より書きました。

 

Ken Zen Sho - The Zen Calligraphy and Painting of Yamaoka Tesshu

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