ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

いろんなことに執着して、こだわりが強くて苦しいです(1)

質問

すごくいろんなことに執着してしまいます。

怒ったり、残念に思ったり、後悔したり、とにかくいろんなことに対して、こだわってしまいます。それでマイナスの感情が出てきてしまって、それが苦しい、ということがあるんですね。もうちょっとプラス思考に変えて行きたいと思ってはいるんですけど、なかなか実践する方法がわかりません。

どのようにしたらいいでしょうか?」

 

 

回答(スマナサーラ長老)

 

いろんなことに執着していろんなことをやってみるでしょう? でも失敗したりする。

 

失敗したらそれでよかったと思っちゃえば。

もしうまくいっていたら、もっとひどいことになる可能性がありました、とかね。

 

一番変な例で言いますよ。

若い人が立派な大学に入ろうと思ったんだけど、落第していしまった。仕方がなく、専門学校に入った。「大学に入りたかったんだけど、失敗しました」と悩むんじゃなくて、それでよかった。

 

専門学校で学んだら、技術は身につくし、仕事はしっかりできるし。就職活動する必要はないしね。ああ、楽ちんだと。大学で何か学部を出たからと言って、仕事はないんですよ。それで就職活動しなくちゃいけない。会社に入ったら、また勉強しなくちゃいけない。

 

専門学校に入ったら、この道だと決まっているし、会社に入ったら、「君はもう学んできたことだから、そのまま仕事しなさい」と言ってくれるし。

それだって、「失敗してよかった」と思った方が楽です。

 

われわれは、先がわからないんだから、いろんなものに挑戦する。あれもしたくなる、これもしたくなる。それは、先がわからないから、誰だって。

だから、試してみなきゃわからないんですよ。自分の将来を分かっているんだったら、こんなふうに困る必要がないでしょう。

 

それで、この「将来」というものは、絶対、誰にでもわからないんです。理解する方法もないんです。そこはよく憶えてください。預言者は存在しない。過去においても存在しなかったんです。

聖書の類いに、予言の話ばっかりでしょう。よく読んでください。全部真っ赤な嘘ばっかりで、一つも当たった予言はないんです。

 

将来を読むのは不可能だから、われわれ一般人がありがたいなあと思っているんです、将来がわかったら。

 

将来がわかって楽か? というと、たとえば宝くじがありますね。そこで、あなたが将来を知っている。今回の宝くじのあたり番号は、これこれこれで、と知ったとします。それで楽? 知ったとしても、どうやって見つける? 全国を歩く? 「この番号ありますか?」とか? あり得ないでしょう。

 

そういうことで、われわれはどうするのかというと、ノストラダムスの予言とか、あんなのは詩人ですからね。詩人としての能力は認めますよ。詩を書く人がなんでもあいまいに書くのは当たり前なんです。

 

それが、自分勝手に解釈する人々が「当たりました、当たりました」と。当たっていないんです、一つも。

 

わたしたちは、今の瞬間から次のことはわからないんです。

いろんな本で、仏教でなくても、だいたい若者向けに書いている本でも、哲学っぽいものでも、将来のことになってくると、「これだけは絶対にわかりません」と。将来は固定されていないんだ、いろんな道があるんだと。可能性がたくさんありますね。こうなるかも、ああなるかも、といくつかあると、先がわからないから、これもやってみよう、あれもやってみよう、となるんです。

 

だから、あなた方若い人がいろいろやるのは自然の流れなんです。あれにも欲を持って、これにも欲を持って、これもやりたくなっちゃって、またこれもやりたくなっちゃって、と。

 

わたしたち年寄りは、それを見て怒鳴ったりバカにしたりするんです。「何をやっているんだ、あなた方は。何かやって途中でやめて、今回も何日で飽きるのかい」とただからかうのは大人の仕事です。それでいくらかバランス取れるんですね。親にガチャガチャ言われるというね。言われても、自分では試してみたい。試してみて、二日であきらめちゃう(笑)。

 

そこはわたしは自然だと思います。

あなた方は大人にいつでもバカにされたり叱られたりする状況も、あなた方にとってすごくお守りになるんです。

 

そういろいろとやっちゃうのは、将来どうなるかとわからないから。

たとえば、ある女の人を見て「この人はかわいいな」とかね。自分に合うかどうかわかないんです。その人が自分と友達になってくれるかわからないんですね。

 

そこでちょっと挑戦してみる。

それで大失敗する。そんなもんです。ということは、それはアウト、ということでしょう。「でも、かわいいんだけど……」という気持ちは残る。でもアウトだったんだから、別なところに挑戦しなくちゃいけない。

 

そういうふうに、迷いだらけで生きるということが、普通です。

 

それで、三十五歳、四十歳になってくると、道が決まっちゃって、迷うものが少なくなるんですよ。人生は面白くないんです、その人々には。毎日やることは決まっているんだから。あなた方みたいに、ワクワクして不安だらけで、そこはなくなっているんです。

活発性、元気、ということが弱くなるんですね。

(続きます:

感情で生きている日本人 - 執着(2)

 

スマナサーラ長老・東京法話と実践会 2016.06.12

http://www.ustream.tv/recorded/88196045 (期間限定公開動画)を聞いて書きました。

執着の捨て方

 

 

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