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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

欲や怒りが絡んでいない「やる気・意欲」とは(後編)

趣味・仕事 説法めも

前回

欲や怒りが絡んでいない「やる気・意欲」とは(中編)

 

池の鯉の例でも憶えておいてください。

鯉にエサをあげると、鯉たちがお互いに競って食べちゃう。それを見ているわたしたちも楽しい。しかし、鯉は何にもやってくれないし、「この鯉食べたい」と思ったっても、禁止ですから、ああいうところの鯉を捕るのは。

そういうことも頭に入らないんですね。

 

だから釣りに行ってエサを出すとのはずいぶん違うでしょう。

 

漁師さんたちもね、イワシとかエビとかを海に撒く。そうすると、自分たちが狙っていた魚がやって来て、それを網で全部捕っちゃうんですね。あれは欲と怒りそのものなんですね。

 

それと比べて、わたしたちが池の鯉にエサをあげているときの差が、どうですか。

そちらに、欲と怒りが伴わない喜び・やる気が出てくる。

 

そういうわけで、仕事をするときに、「わたしのせいで問題を起こしません」と考えておけば。

 

お母さんが子育てをする場合、お母さんの仕事だけ区分けしてね。余計なことまでやっちゃいますからね。

やるべきこともやっていないくせに。余計なことをやって、それでトラブルが起こりますけど、母親として、子供にやるべきことをビシッとやって、「なんか文句あるのかい?」と、そういうふうにやれば、まあ、うまくいきます。

 

「わたしは問題を起こしません」と各自で頑張れば、うまくいきますよ。

子供たちも、「わたしは問題を起こしませんよ」と頑張る。そうするとすべて問題が消えているはずなんです。子供が問題を起しちゃうと、お父さんが怒るわ、お母さんが怒るでしょう。先生たちも怒るでしょう。

 

子供が自分で「わたしは問題を起こしませんよ。お母さんを怒らせませんよ」と頑張ってみれば、問題なく成長する。

同じようにお母さんもお父さんもやれば、誰にだって問題がないんです。

会社でも同じようにやれば、欲も怒りもなく、やる気があって、喜びがあって、充実感がある社会が、たちまち現れるんです。

(おわり)

 最初から読む:

欲や怒りが絡んでいない「やる気・意欲」とは(前編)

 

法話・スマナサーラ長老 関西月例冥想会 2014.6.01

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/2047354.html を聞いて書きました。

f:id:thierrybuddhist:20160801145238j:plain
参考外部サイト:

パティパダー巻頭法話No.187 (2010年9月)
なぜ皆、覚らないの?
 ~仏道の軌道修正の仕方~
 Not to be a failure do not spoil your path

この例で、人間のひとつの弱さが見えてきます。やる気・意欲があっても、持続できないみたいです。気が緩んでしまうのです。それで期待する結果は得られなくなるのです。これは誰にでもある弱みかも知れません。

 

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