ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

因果法則は多次元的 - 十二因縁(5)

(前回

遺伝子も「私」ではない - 十二因縁(4)から続く)

 

一番根幹になることは、生きていきたい、死にたくないんです。

その理由を聞いたら、「わからない」なんです。「教えてください」と。「わたしは生きていきたいんだけど、その理由は何でしょうか?」とわたしに聞いたってもね、生きていきたがっているのはあんたでしょう、と。

 

それは、「わたしはアンパンが食べたいんだけど、なんで?」とわたしに聞くような感じなんですよ。

なんで他人に聞くんですか。

 

だから、わたしたちが巨大に持っているこのエネルギーが、生きていきたいというね、渇愛・生存欲があって、それを皆様方は実感していることでしょう。生きていきたいと。

 

生きていきたいというすごいエネルギーがあるんだけど、目的がわからないんですね。

だからこの衝動を消すこともできないし、だからといって、どうすればいいかもサッパリわからないんです。

 

目的がなければ計画が立てられないでしょう。

 

そこで見えてくるでしょう。「無明」と。

発見してない。

 

無明を理解する前に、われわれが実感している存在欲にアクセスしてください。

これはいたって簡単です。

生きていきたいでしょう? 皆さん。死にたくないでしょう? それが存在欲です。

 

それってすごく強烈でしょう。

わたしたちがやっている子育てやら、家族のことやら、仕事やら。友達作ることやら、料理やら、なんでもかんでも、生きていきたいんだからやっている副作業なんです。その場合は目的がハッキリするんです。

 

なんであなた牛肉買ったのか? と聞けば、焼き肉したいとか、しゃぶしゃぶにしたいとか、目的があるんです。そこであまり困らないんです。

しゃぶしゃぶ食いたかった人は、その材料を買ってくるんですね。ついでに洗濯ネットも買ったんだから入れましょう、というのはありえないんですね。

だからあまりトラブルは起こりませんね。

 

そういうことで、目的を知ったほうがやりやすい。

 

目的を知らないとやりづらいんですね。

 

子供たちもときどき「なんで勉強するのか?」と聞くんですね。

子供たちに「勉強しろ、勉強しろ」と責めているでしょ? 子供たちはわからなくなっちゃう。なんでそこまでやらなくちゃいけないのか、と。

そうなってくると、なかなか勉強に身が入らないんです。

 

目的を教えてあげると「あ、そうですか。じゃあやります」となっちゃう。

だから人にさせる場合は、人が何かやる意欲を引き起こす場合は、ちゃんとしたプログラムを教えて目的を教えてあげて、ゴールを教えてあげて、「はい、頑張ってください」と言えば、頑張る。

 

しかし、すべての目的は、すべて副作業で、サブなんです。

メインじゃないんです。ついでにやることです。「生きる」ということがメインです。

これが王道なんですね。寄り道でも脇道でもありません。

しかしそちらに目的がないんです。

 

だから、どう生きればいいかとわからないし。

自分がやっていることはこれでいいのかとわからないし。ものすごく混乱状態になっちゃいます。

 

そこで、存在欲をまず理解して、存在欲があるんだと、死に対する恐怖感があるんだと、しかし理由がわからない。

死に対する恐怖感は事実。経験している。

生きていきたいという存在欲は事実。知っている、経験している。

しかし、その理由はわからない。

 

理由がわからないところを、無明と言うんです。

 

だから順番で言えば、そこは先にあったんです。

 

ほんとうは順番はないんだけどね。

因果法則では順番はないんです。

ただ、言葉と言うのは一次元だから、一本道で言わなくちゃいけないんですね。

 

因果法則は多次元的に起こるものなんです。

(続きます

無明 - 十二因縁(6)

 

スマナサーラ長老法話・関西月例冥想会 2013.12.15

https://www.youtube.com/watch?v=4vsnfGBmmrg を聞いて書きました。

Multilinear Subspace Learning: Dimensionality Reduction of Multidimensional Data (Chapman & Hall/Crc Machine Learning & Pattern Recognition)

参考外部サイト:

折々の法話 仏教から見る死 6〜10

このように『業(カルマ)の法則』や『形成(サンカーラ)の法則』を考察することは、死にたいする正しい見方を得、正しく死に直面することを、手助けしてくれるのです。