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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

最高の修行は忍耐・忍辱(にんにく)- 親の介護が辛くてしようがない(7・最終回)

前回

菩薩も親を介護した - 親の介護が辛くてしようがない(6)

 

ブッダの言葉では、Khantī paramaṃ tapo titikkhā,(カンティー パラマン タポー ティティッカー)という言葉がありますね。

それはすべてのブッダたちの言葉であると言われている、真理そのものなんです。

 

意味は「最高の修行は、忍耐・忍辱(にんにく)である」と。

修行の中でランクがありますから。最高ランクの修行というのは、忍耐なんです。忍耐の修行と言うのは、お釈迦様が、生きることは学校であるという立場で語られているんです。だから、二十四時間、生きるということは、瞬間、瞬間、何か問題が出てくる。何か気に入らないことがある。何か腹が立つことが出てくる。何か誘惑されることが出てくる。

 

そこで、瞬間、瞬間、一分、一分、忍耐を修行すると、それが最高の修行で、それで解脱に達します。

特別冥想しなくても大丈夫です。それが冥想になるんです。

寝たきりの人として、自分に宿題が出てきたら、忍耐することはこの上のないチャンスなんです。いつでも忍耐しなくちゃいけない。いわゆる「それほど気にしない」という対応をする。忍耐というのはそういうことなんです。

 

寝たきりの人が、身体が汚れてしまったら、「ああ、なんて嫌な……」ではなくて、「まあいいや、洗ってあげればいいんだから」と、そこで忍耐・忍辱という二つを実行する。

 

特に介護の場合は、忍耐・忍辱が見事に出てくるんですね。

忍耐というのは自分の心がまえ。忍辱は、相手が攻撃してくる、世界が攻撃してくるという場合は、気にしないで対応する。

 

世界が攻撃するケースを憶えておいてください。

自分が悪いことをしたら世界が攻撃するでしょう。それとは違います。

 

介護の場合は、自分が面倒をみているのに母親が怒っている。怒る必要はないんです。感謝ぐらいしたらどうですかと言いたいところですけど。でも、そうしてくれない。お医者さんの指導の下に、体にいい料理を作ったのに、「こんなのは食べられませんからね。お前はわたしを殺す気ですか」と攻撃する。

 

それは介護する自分に何の落ち度もないんですね。

でも、世界(この場合は母親)から攻撃される。そのとき、「忍辱」という言葉なんです。忍耐は自分のほうの修行です。

 

その二つを頑張ってください。

本物の道場で、最高の修行ができるチャンスなんです。想像を絶する幸福になります、結果として。

(おわり)

 

最初から読む:

親の介護が辛くてしようがない(1) - ブッダ・ラボ - Buddha laboratory

 

東京法話と実践会 2016.07.24

http://www.ustream.tv/recorded/89905720 (期間限定公開)を聞いて書きました。

Remy the Rhino Learns Patience (Little Lessons from Our Animal Pals)

(犀のレミー、忍耐を学ぶ)

 

参考外部サイト:

http://www.j-theravada.net/qa/gimon80.html

Q: 仏教で忍耐を説いていますが、嫌なことを ガマンすると怒りになってしまうのではないですか。

A: 嫌なことをガマンするのは怒りですね。それは 忍耐ではないんです。だから「ガマンする」と いうことは、厳密に言えばよいことではない……

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