《東京法話会2007.03.22 阿修羅の伝説 上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)
https://www.youtube.com/watch?v=euUwQHxnoLs
を聞いて書きました》
阿修羅の伝というのは、インド人の迷信です。
「月食・日食っていうのは、阿修羅という神によって起こるんだ」と。そこでは、月も太陽も、神として見ているんですね。
仏教の人々や昔の人々は、太陽の神様がいると信じていたかもしれないし、月の神様がいると思ったかもしれないし、地球も、地球の神という概念もあったんですよ。
「母なる太陽」と、普通に言うでしょう。
インドでも、地球は「母神」として母なる神だった。
地球は母なる神だ、として礼をした方が、一般的により気持ちが上がりますよ。大事にする気持ちがね。
そういうことであって、太陽信仰というのは、ごく普通のことだから。世界でね。
マーヤ文明でも太陽神の信仰がありました。
仏教としては、太陽とお月様が人間にとっていいことをやってくれるんだから、「仏教徒」としているんです。
日食・月食というのは迷惑だからね。それは「阿修羅」ということにしているんです。
それでエピソードは、太陽の神様が阿修羅にいじめられているので、「ブッダのご加護がありますように」とブッダに礼をするんです。礼拝をするんです。太陽神は「わたしは今大変で、どん底で、困ったことになっているので、ブッダに守られますように」というふうに言う。
そこでお釈迦様は、「太陽神はわたしに帰依している弟子で、仲間だよ。阿修羅よ、いいかげんにしなさい」と言ったところで、阿修羅が怯えて震えて、「ブッダのことばを聞かなかったらとんでもないことになる」と思って、逃げる、というストーリーなんですよ。
こちらのストーリーで言っていることは、
「ブッダに帰依している人が、困っているときや悩んでいるとき、心配事があるときは、ブッダに礼拝して、『今ほんとうに悩んでいますから、これは何とかなりませんか?』と尋ねれば、確実に何とかなります」
ということです。
その事実を伝えたくて、阿修羅の経典は広く使われているんです。
だから、ブッダを信仰している国々では、いつでも困ったときにはすぐ、何のことなくブッダに礼をして、「この問題は何とかなりますか?」と問えば、すぐにもう何とかなります。
阿修羅の経典とはこんな経典ですね。そんな程度だと思います。
(終わり)
参考外部サイト:
Q1.一番力をもっている天人が悪魔で修行の邪魔をすると聞きました。
阿修羅という生命も魔の一種だと聞いたんですが、どのようにちがうのでしょうか。
http://www.j-theravada.net/qa/qahp66.html
阿修羅は仏典に後に入った概念みたい。Sura-天・神霊でaは否定形でno,non,de,anti,reの英語の接頭語と同じ。でも日本語で非天・無天・無神霊と訳できませんね。変です。
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