レイシストでも大統領になれるのかと驚いていたら、日本ではレイシストが学校を運営していた。
誰でも自分の考えは間違っていないと思うから、人は堂々と差別発言を繰り返す。
それを聞いているほうは、胃のあたりがザワザワしてくる。だんだんと怒りに変わる。その怒りを爆発させて一喝し、相手を黙らせたい衝動が起こるかもしれない。
こんなときブッダならどうしただろうか?と思う。
その答えが、中部経典93 アッサラーヤナ経 にあった。*1
ブッダの時代、インドにはすでにカースト制があり、バラモンが最上位だった。
この経典では、そのバラモンのひとりアッサラーヤナ青年が、ブッダと論戦を繰り広げている。
「バラモン以外の人間は下劣だ」としつこく何度も主張するアッサラーヤナ青年に対し、ブッダは差別的な考えの具体例を提示し、「こういうことですか?」と青年に確認する。
すると、ブッダの示したケースは明らかに事実と異なるので、バラモン青年は「そういう事実はありません」と、自ら差別思想を否定することになってしまうのだ。
ブッダが問うのは、「バラモンがほかの人間と違うところが、何か一つでもあるのか」というたった一つのポイントだ。
それをバラモン青年に理解させるために、ブッダはいくつもの例を挙げて質問を繰り返す。青年はその都度「バラモンもほかの人間と何も変わらない」と、自分で持論を否定した結論を言うことになってしまうのだ。
現在もインド文化圏にカースト制が根強く残っているのは事実だ。
しかし、アッサラーヤナ青年はブッダとの対話後、レイシストをやめた。
当時、青年の後に続いた人々も多くいただろう。
わたしたちは、この世の中からレイシズムをなくすことはできない。
「でもやれることはあるよ、もしその気があるなら」というブッダからの一つの提案が、このアッサラーヤナ経なのだと思う。
追記:
ブッダはどうやってレイシストと対話したのか -ブッダ ラボ- Buddha Laboratory https://t.co/sgH4LgNPAC 引用されてる中部93アッサラーヤナ経の和訳は、こちらで読めます。→ 光明寺経蔵 https://t.co/cQMQ6iEUHj
— nāgita #antifa (@naagita) 2017年2月23日
ありがとうございます! 教えていただいたアッサラーヤナ経和訳は…… http://komyojikyozo.web.fc2.com/
*1:
Assalāyanasuttaṃ MN II_utf8(パーリ語)
Assalayana Sutta: With Assalayana (英語訳)
中部(マッジマニカーヤ) 中分五十経篇II (パーリ仏典 第1期4) 片山一良訳(この経典が収録されている本のAmazonへのリンク)