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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

『生きとし生けるものが幸せでありますように』の『幸せ』とは何ですか?

《前回 幸せの相対性 - ブッダ ラボ - Buddha Laboratory から続く質問です。》

 

質問

「慈悲の冥想で、『生きとし生けるものが幸せでありますように』の『幸せ』とは何ですか?」

 

回答(スマナサーラ長老談)

 

それは、あまり細かく定義しません。

「幸せでありますように」と、すごく軽く。

 

どういう状態が幸せかというのは、それぞれの人にそれぞれの定義があるでしょう。

そこは、細かく決めません。

 

たとえば、肉が食べられない人に、「肉が食べられますように」と、それこそが幸せだと言えるでしょうか。

ある人は、肉が好きで、好きで、肉が食べられれば幸せを感じる。その友達はまるっきり肉が食べられません。しかしその友達にも、「肉が食べられますように」というのはおかしいでしょう?

 

「すべての生命が幸せでありますように」、

と願うときは、それぞれの生命の幸せの定義に沿っています。

その場合は相対的です。

(終わり)

 

東京 法話と実践会 2017.04.23 よりメモしました。

期間限定公開動画  http://fb.me/VtsVf0I9

当日のTwitter http://twilog.org/jtba_talk/date-170423/asc

 

関連エントリ:

慈悲の冥想で唱える『幸せ』ってなんですか? - ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

わたしは別段、自分が幸福になりたいという気持ちは希薄です【幸せとは?】 - ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

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