ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

生命が危機に瀕したときに認識がスローモーションになるのは、どういう理由でしょうか?

質問

スマナサーラ長老がご病気で倒れたときに、意識がスローモーションになって観察がよくできるというお話がありましたが、わたしも車にひかれそうになりまして、そのときにいろいろなことを考えて、結局ひかれずに済みました。

生命が危機に瀕したときに認識がスローモーションになるのは、どういう理由でしょうか?

 

回答(スマナサーラ長老)

 

そういうときは妄想してふざける暇がないからね。

それだけです。

 

ヴィパッサナーの場合も、妄想でふざけることをやめるので、すべてコマ送りでみえてくるんです。そのとき無常も発見するんです。

 

質問者「事故に遭いそうになった時に、普段冥想していたのでいい対処ができたんじゃないかと思いますが」

 

それもありますけど、普通の人間の場合は存在欲が割り込んできて、妄想をやめちゃうんですね。

事故に遭いそうになっても妄想していたら死ぬでしょう。だから、存在欲が妄想させないように割り込むんです。そうすると、コマ単位で、こうして、こうして、と対処できる。冥想しない人もそのように危機を回避したという話を聞いたことがあるでしょう。その場合は存在欲の働きです。

 

冥想している人々にとっては、もうちょっとそこで、智慧が割り込んでくるんです。

冥想している人にとっては、それ自体も冥想になります。

(終わり)

 

スマナサーラ長老 法話と実践会(ゴータミー精舎)2017.09.10

 

を聞いて書きました。

 

Twitter法話

http://twilog.org/jtba_talk/date-170910/asc

 

 おまけ:

祖母はほとんど寝たきりになってしまって、一日中ベッドにいますが、ときどき視線を動かして何かを追っています。わたしたちには何も見えません。が、祖母には何かが見えるそうです。

「それは怖いもの?」と聞くと、「怖くない」と祖母。

「かわいい?」と聞くと、頷きました。

祖母の視線によると、結構な数の何かがわたしたちの身近なところにシュシュシュッ……と動いているみたいです。速そうですよ、動きが。

祖母の視線の先を一緒に追っていたら、そのうち「シッポ」くらい見えるでしょうか。