ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

ブッダが現れた意味|ウェーサーカ祭2015関西(1)

スマナサーラ長老法話 ウェーサーカ祭2015.05.03 関西

https://www.youtube.com/watch?v=tw5vbsvdEAc よりメモしました。

 

ウェーサーカ祭はお釈迦様のお祭りで、より幸福が現れる日として祝うんですね。

人間が何をやって頑張っても幸福にならないんですね。

 

科学は発展しているわ、携帯はあるわ、何でもあるんだけど、心の安らぎだけはどんどん減っているんですね。われわれは携帯のちっちゃな画面だけにくぎ付けになっちゃって、それが人生になっているんですね。とても悲しい出来事でね。

 

それから自分の感情、思ったことは、インターネット上に勝手に発表したり、わたしの悪口も結構言われているみたいですけど(笑)、まあ、いいやという感じです。

 

Twitterで「スマナサーラ長老は大したことない」と書いたっても、コミュニケーションしたことにはならないんですね。やっぱり人間と人間が直接話さなくてはならないんですね。喧嘩するのもいいんだけど、その技がもうわからないんですね。仲良く友達同士で喧嘩する方法も分からなくなっちゃって。

 

だから、親と議論することもできなくなっちゃうんですね。だいたい、家族っていうのは喧嘩するんですよ。兄弟っていうのは喧嘩するものなんです。

家族っていうのは喧嘩したりして仲良くやっていくものなんです。この喧嘩っていうのは、やり方を分からなくなっちゃうと、大変なことになるんですよ。

愛情があって、相手のことをすごく大事にしながら、「なんだこれは!」と言わなくちゃあかんですよ。

そういう技がわれわれにはできなくなっちゃっている。IT時代になって、人間がどんどん小さく、小さくなっちゃって、潰れてしまう可能性がありますね。

 

では昔はどうですかというと、自然と戦わなくちゃいけないんだから余裕がなかったんですね。

 

人間に幸福が生まれたのは、お釈迦様の誕生と一緒なんですね。お釈迦様が生まれたとは幸福が生まれたということです。「ブッダの生まれが幸福である」と。

 

お釈迦様も同じことをおっしゃっているし、「ブッダが現れたことは、すべての生命に、世界に太陽が現れたことである」と。暗闇で生きているわれわれに太陽が現れたことであると。

 

ブッダを否定していくら頑張っても、それは幸福がないんです。だから経済的に恵まれた国があるでしょう。世界一はドバイでしたっけ。世界一高いビルを作ったりして。でも、幸福というのはないんですね。殺し合いをやっているんだから。それは厳しい環境でね。ISISという組織は殺し合いばっかりで、それが幸せだと思ってね。

 

われわれはそうじゃなくて、牛でもなんでも、幸せであってほしい、仲間でしょうという、そういう方法をお釈迦様は教えてくれたんですから、お釈迦様の誕生は幸福の誕生であります。ブッダになったということは、われわれに幸福の道を教える資格を取ったことで、涅槃に入られるときも、お釈迦様のあの無量の功徳でわれわれは穏やかに幸せになっていくんですね。

(次回に続きます)

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関連エントリ:「イスラム国」をこのように見る(スマナサーラ長老)

仏教から、仏弟子の慈悲の瞑想から見ると、「かわいそうだなぁ」と。「しあわせになりたいのになれないなぁ」と。「自分の利益しか考えてないんだから、これはなかなか解決できない」と見えてくるんですよ。

 イスラム国も、権力者主義でしょう。だから別に、彼らがうまくいったとしても、中枢の人々が財産をいじっているだけで。

世の中の悲しみの状態を観察して、みんななんとかうまくいってほしいという気持ちを育てることが修行になるんですね。

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