ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

瞑想中、つい他のことが気になります

質問「歩く瞑想と立つ瞑想と座る瞑想を順番にやっています。各瞑想ごとに、場所を変えるときに部屋の中の片づけや洗濯物のことが気になって、つい手を出してしまいます。やらなければいいと、自分でも思っているのですが……」

 回答(スマナサーラ長老)

それは、自宅で瞑想するときは必ず出てくる問題ですよ。だから昔から人々は、道場などに行って、家から逃げて瞑想するんですね。なぜなら、家のことはすごく迷惑になるんですよ、瞑想するときは。

そういうことだから、仕方がないんですね。自分が住んでいる家に対して、執着があります。愛着があります。自分の家だから、片づけたくなるし、掃除したくなります。

片づけることや掃除することは善行為です。問題は、自分の家になってくると、執着が入ってきて、汚れた行為になってしまいます。しかし我々一般人にその区別ができないんですね。

 

たとえば、お寺があります。

お寺というのは見事に整理整頓されているでしょ。それは善行為なんです。それは修行なんですね。整理整頓と清潔に保つことが。お寺をきれいにすることは、「してあげます」という気持ちで、お寺への奉仕ですが、自分の家をきれいにすることは自分に対して、得するようにする行為です。その違いがあります。

 

じゃあどうすればいいのかというと、どうすることもできませんね。今は寒いんだから、外で瞑想することもできないし。

 

「今は修行中だ」と自分を戒めて修行する方法もあります。

「私」と「私のもの」というのは何もないと設定して瞑想する方法もあります。瞑想中の足の上げ下げなど、行為のみ実況中継します。

そういう前提を入れてから、瞑想してみてください。

 

それでも負けちゃったらどうしましょうね。

負けたら負けたで、実況中継で行う。たとえば、片づけの時、「取る、取る、置く、置く」など実況中継しながらやってみてください。

(2014年12月23日 東京・法話と実践会よりメモしました)

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