ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

幸福に生きたいと思う人は、すべての生命に対しても同じことを願う。すると自然にすべてが成り立つ。

(関西定例瞑想会 スマナサーラ長老法話2007.04.22 http://www.voiceblog.jp/najiorepo/340057.html 音声ファイル中ごろよりメモしました)

 

幸福に生きたいと思う人は、一切の生命に対しても、同じ気持ちを抱く。そうすると、自然におのずとすべて成り立つんです。

 

「生きとし生けるものがしあわせでありますように」と一回念じるだけでも、自分の幸福が成立していくんです。

やがてこの汚れた心がきれいになるんです。

 

心は本来きれいというよりは、きれいにしなくちゃならないものです。生命はそのために頑張らなくちゃいけません。頑張るというならば、努力するというならば、必死になるというならば、自分の心を清浄にするために精進する。ほかは、気にすることないんです。

仕事を頑張るとか。頑張らなくてもいいんです。うまくいきます。楽々に。

 

太陽が出てくるために、われわれは頑張る必要はないでしょう。太陽のエネルギーで生きていますが、次の日また太陽が現れるように我々が頑張らなくても、太陽は現れます。自然法則ですから。

 

みなさまそういうことに頑張っていますよ。金儲けとか、仕事に頑張ったりとか。うまくいかないんです。だって心が汚れているでしょう。家族のために頑張るとか。くたびれるだけ。

 

だから精進するのは、努力するのは心をきれいにするためだけです。ほかのことは自然に流れるんです。

 

子育てする方々は考えてみてください。

子供は勝手に成長していくんです。頑張らなくても。じゃあなんで子育てに失敗するんですかね? 汚れた心でいじるんです。汚れた心で、自分がプログラムを作って、それに子供を合わせようとする、それに崩れちゃいます。でなきゃ、自然にうまくいくのに。

 

だから人間っていうのは、特に親の仕事っていうのは、子供に良い人間になることを教えることなんです。

中学まで、義務教育が終わるまで、教師の仕事は学問というより、生徒に良い人間になることを教えることです。それは絶対的な条件です。

 

学問が身に着くのは、良い人間に身に着くんです。穏やかなリラックスしている人に、学問は身に付きます。自然に。仕事に就いてもうまくいきます。

 

そういうことで、良い人間になることは、みんな頑張らなくちゃいけないんです。精進努力しなくちゃいけないんです。

良い人間になるっていうことは、心をきれいにするということ。たくさんありますからね、心に汚れは。

 

自我っていうのは、瞬間に消えてくれる幻覚ではありません。なぜならば、ずーっと人生は自我という幻覚によって築いているんですよ。だから自我がなくなると大変だと勘違いします。本当は逆です。

自我があるから大変で、苦しんでいる、失敗している、人殺しが起きている。

 

自然災害の時でも、誰のせいでもなく、人が苦しむのは自我のせいなんです。それさえなければ、自然災害の時でもなんとかなります。

 

すべての生命のことを心配する人間だったら、すぐに復活できます。

 

簡単に生きる方法がありますよ。自然災害にも負けない方法がありますよ。

これはエゴをなくすこと。他の言葉でいえば慈しみです。

こんな簡単な方法があるのに、誰一人も耳を傾けようとしない。

 

だったら文句言うなよと、言いたいんですけどね。

苦しんでいるんだ、とか、寂しいんだ、とかね。

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