ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

仏教徒の日記の付け方

質問

「長老の著書の中に日記のことが書いてありました。昔のお坊さんは、善い行いをしたことを日記に記していたということですが、自分もそういうことを書いていきたいと思います。そのときのやり方を教えてください」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

自分たちが、毎日何か善いことをやっているならば、自分の功徳の日記としてね、書いておくことが、ま、悪くはないんですけどね。

 

これはかつて仏教の人々がね、日常生活が忙しい、いろいろ仕事しなくちゃいけないし。

ですから、朝から晩まで、忙しくてめまぐるしい生活をしていた昔の人びとは、「これは危険や」ということで、何とか善いことをして、それを記録しておく、ということにしました。

 

それで「書くことが何もないんだ」となったら、もう恥ずかしいでしょう。「昨日は忙しかったから何も善いことはしていない」「今日も忙しかったんだから、何も善いことはしていない」と、そんな調子でいっちゃうとね。

 

だから日記に書くのはいい手段でね、いくら人生は忙しくても、善いことをするために昔の人がやっていたことで、それはまあ、適当にやってみてください。

 

関西定例冥想会 2009.12.20

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1024020.html よりメモしました。

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Sukharâni asâdhûni - attano ahitâni ca;
Yam hitañ ca sâdhuñ ca - tam ve parama dukkaram.(Dh.163)
“善からぬこと、己のためにならぬことはなし易い。
ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。"(ダンマパダ163)