ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

「妄想をやめたとき」スマナサーラ長老・東京月例講演会2015年12月4日

妄想をやめた時どうなるのか? 

たとえば、お釈迦様の言葉はすべて、妄想がなくなった時の言葉なんですね。だから、誰にも否定できない、しっかりとした真理なんです。

 

妄想とは何か?

・結論に達しない思考の流れ

・結論がないからどこまでも思考のループになる

・問題は、妄想氏も時間がかかる

・だから人生の大半が無駄になる

(80年間生きていたらすごいか? 60年間分妄想していたら実質20年しか生きていないことになる)

・具体的で、役に立ち、結論がある思考は妄想ではない

 

妄想を発見すること

・簡単ではない

・常識的な人間には努力すれば妄想を発見できる

(常識的な人間=シンプルライフで現実的に淡々と生活する人)

・妄想を発見するチェックポイント 

(1)この考えは役に立つか? 

(2)結論がある思考か? 

(3)日常生活に邪魔か? 

(4)感情を掻き回すか?または鎮めるか?

 

なぜ妄想するのか? 

われわれは現実から逃げたいんです。現実を見たくない。これは脳のプログラムですよ。たとえば、わたしは死にませんという、わたしは若いという設定で生きている。そういうふうにわたしたちの脳が、自我を肯定するために現実を見たくない。

 

時間と環境によって、自分(自己・Self)は変わります。

だから「自分」という存在は成り立たない。

無明と存在欲がある生命に処理・理解できない事実です。

 

存在欲は、決して満たせない欲。死と言う現実vs存在欲と言う対立が起こる。

 

心は魔術師です

無いものをあるもののように、あるものはないもののように認識させて、こころは詐欺をやっています。

心は自分をだます。他人をだます。「自分は死ぬわけはない。自分は正しい」など。

われわれの認識は決して信頼できません。

 

(ここから後半です)

 

妄想をなくすことはとても難しい。

なぜなら、現在の脳にその配線がない。でも、つくればいい。訓練すればいい。

 お釈迦様がおっしゃった方法は、データを如実に見る。そのまま見る。思考しない。

 

では、最終的に、妄想をやめたら実際にどうなるのでしょうか?

 

「妄想をやめたとき」

  • 思考妄想で失敗ばかりする人生ではなくなります。
  • 常に正解が見えてきます。
  • 他人のことを気にしたり、他をまねたり、優柔不断の気持ちでいることはなくなります。
  • 脳の中で、データをねつ造する配線が理性的になります。(ゴキブリは汚い? ケーキはおいしいに決まっている?)
  • 世間の立場と、真理の立場を明確に区別します。
  • 妄想をやめたからと言って、世間と合わなくなるわけではない。(欲がなくなったから仕事をやめました、ということにはならない)
  • 正しく認識したりするので、自分だけではなく、周りの人々も助かります。
  • 困っている、わからない、どうしよう、心配、と言う気持ちから解放される。
  • 悪感情のエネルギーは他を哀れむエネルギーに変わります。
  • 体も心も落ち着きます。
  • 妄想をやめた人には、やるべきこと・やらなくてはいけないことなどは一切ない。(たとえば、試験が終わった時の気持ちがずっと続く)
  • 余った時間で退屈を感じない。
  • 安らぎの気持ちが現れるので、精神的に安穏な気持ちでいられます。

 

そして、

「預流果に達したならば……」

  • 世にある様々な意見、見解、信仰、生き方などに戸惑うことがなくなる
  • いかなる見解にもとらわれないことになります
  • ブッダの説かれた真理と世間が言う見解の区別ができる
  • 信仰する性格が消え、確信が生じます
  • 邪見が一切消えます
  • 鋭い思考能力が生まれる
  • 思考しないでいることもできる

(おわり)

 

以下の講演会動画より、メモしたことをまとめました。

※期間限定公開 ◎前半 http://www.ustream.tv/recorded/79383309 

◎後半 http://www.ustream.tv/recorded/79387130 

 

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