ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

慈悲の冥想以外に「恩返し」の方法はありますか?(後編)

前回 慈悲の冥想以外に「恩返し」の方法はありますか?(前編)  

 

それから、食べる前に命を取り除かなくちゃいかんですね。

葉っぱとかを食べているでしょう。葉っぱそのものには、自分で生存する力がないんですね。だから植物から葉っぱを取ったんだからと言って、その植物が死ぬわけじゃないんですね。

 

人間になってくると、生の葉っぱというのは、キャベツとレタス以外はあまり食べられないから、なんとかして塩をかけたり酢を掛けたりして「殺して」いるんですね。ていうか、命を取り除いて、そうすると物質だけを体に吸収することになるんです。

 

生きたままで体に鵜呑みにするのは、大きな魚とか、蛇とか、そんな程度なんですね。蛇がカエルを飲み込んでも、口に入った瞬間にカエルは窒息して死ぬんですよ。

 

ときどきスリランカでも、青大将という全く毒のない蛇がいますが、カエルを見つけて足から飲みんじゃうと、カエルが鳴くんですね。鳴くんだけど、ゆっくりゆっくり飲み込んじゃうんですね。口の中に入っても、微妙に鳴き声が聞こえるんです。でもすぐに死んでしまいますからね。死んでからその物質を取り入れる。死んだだけでは足りなくて、さらにその物質を分解する。細胞たちは別に「殺せ」と言っているわけじゃないんです。

 

細胞たちにとって、チキンをそのまま取り入れると毒なんですよ。

だから、チキンという肉をお腹で分解して、全くチキンではない別の化学物質に変えているんです。細胞はそれをもらっているんです。鶏の肉をもらっているというのは、とんでもないんです。キャベツの細胞がそのまま体に入っちゃうと、直ちにその体の細胞が死んじゃいます。それはもう、おなかの中というのは体の外側ですから、医学的にはね。内側じゃないんです、胃袋は。胃袋でさらに分解して、身体に必要な物質だけ吸収するんですね。

 

では、どこで罪を犯しているのかというと、「自分が生きていきたい」というところで、罪を犯しているんですね。

別に肉体が罪を犯しているわけじゃないんです。肉体はどちらかというと排他的で、近寄るなよという感じで生きているんです。他のものは入るなよと。これは、全体的にわれわれは生きていきたいと思っているんですね。

 

この生きていきたいという気持ち、渇愛と言うものは、体の中のどこにあるのかというと、場所がないんですね。

この細胞組織が「生きていきたいという気持ちを持っているんだ」とかはないんですね。いくらか調べていくと、原始脳、エネルギーというところで、感情感覚が働いているという話があるんだけど、その細胞たちは別にそんなつもりはないんですけど。

 

だからこの、全体的な働きによって、emergency propertyというんですね、突然、なんとなく現れた、物の怪なんですね、存在欲というのは。

 

そこは自分の感覚を観察すると、見事に発見しますね。

その人だけ、世の中に何の借りもない人間だと。お釈迦様も自分のことを、aṇaṇo vicara lokeアナノー・ウィチャラローケー と言っているんですね。アナノーというのは、「一切借りがなく、みじんも申し訳ないという気持ちがなく生きているんだ」と。

それにはこの、物の怪を発見して、消さなくちゃいけないんですね。だからその順番になっているんです。

 

お釈迦様は、これだけやったら何の罪もなく生きていられますよ、というような便利な簡単なものは言っていないんです。「煩悩をなくせ」と。

 

それで「なんで煩悩をなくさなくちゃいけないんだ」という問題が出てくるんです。

「煩悩があって何が悪い?」と。

 

「煩悩があったら、あなたは生きていたがるでしょう。だから生きることを調べてください」

そんなに必死に生きることを、『生きていきたい、死にたくない』と生きることを調べたら、あなたは『生きることはとんでもない苦である』と発見するんだ。

それだったら、煩悩がマズいでしょうに」と。

 

あなた、存在欲で苦しみを作っているんだと。

 

だから、苦をプロデュースするのは存在欲なんですね。

苦は嫌ですからね。苦しみたくはないんだから。それだったら、まあ、存在欲を取り除く。

 

そう言う順番で、罪のないこころをつくることを教えているんです。

 

だからまあ、冥想も頑張ってください。

ようするにそれだけです。長くしゃべったんだけど(笑)。

(おわり)

スマナサーラ長老・東京法話と実践会 2016.06.12

http://www.ustream.tv/recorded/88196045 (期間限定公開動画)を聞いて書きました。

Toad Hollow: The Tale of Frog & Snake

関連エントリ:

「植物も傷つけちゃダメなら何も食べられないでしょう?」に対する答え - パーリ経典解説(梵網経1) 第十段落

皆様が出す質問は「それをやめたら何も食べられないでしょう」と。

食べるものって一切存在しなくなるでしょう。

そこで違和感があるのは、「生きていきたい」と存在欲があるからです。

生きていきたいと、生きていくのが正しいと、そういう設定での話でしょう。

 仏教は解脱しなさいと言っているんだから、基本的に、そこを強調しているんです。

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