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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

現代マインドフルネスとヴィパッサナーの違い。

質問

「マインドフルネス冥想に関して、長老はどのような見方をしていますでしょうか?」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

われわれは、二千五百年前からやっていることですからね。今さら誰かが興味を持ったからと言ってね。

俗世間から出てくるものですから、俗世間の要求に応じてやっているものでしょう。出世間のところはカットしているでしょう。だからまあ、やるのは構いませんけどね。最低「これは仏教から学んだ」と言ってくれたほうがいいんじゃないかなあとね。完全にパクリっていうのはね、ちょっと文化人としてはよくないんですよ。

 

わたしも、一般向けではなくて専門家が書いている本を読みました。

結構仏教のことを書いているんですけど、それを取ってから「わたしはこういうことを考えた」と書いているんですね。

仏教は誰が取っても気にもしませんしね。でも、覚り・涅槃・解脱というのは、持って行けませんね。

それはブッダの指導でちゃんとやらなくちゃあかんですね。

 

たとえば、子供たちが勉強できなくてイライラしていると、マインドフルネスをやるとものの見事にうまくいく。

能力は発揮するし、勉強はできるし、憶えはよくなるしね。脳細胞がしっかり整理整頓されます。

 

仕事がうまくいかないとか、能率が上がらないとかは、マインドフルネスでこころが治ります。

 

現実を見せる訓練ですよ、あれは。

普通は現実じゃなくて幻覚で生きているでしょう。妄想で。妄想って実行できんでしょう。それは困るんですよ、脳細胞が。そこで一旦休ませてあげる。その間、現実を見なさいと。それで脳が整理されて、物事がうまくいくんですよ。

 

病気も結構治ります。

病気は二種類ありまして、肉体のファンクションがちょっと弱くなるというね。どんな機械もちょっと衰えたりするでしょう。それには治療がないんです。

 

しかし、細胞がこころに管理されているんですね。こころが狂っちゃうとひどく病気になっちゃうんです。いわゆる車の運転手が悪くなったという感じでね。いくら高級車でも運転手が悪かったら危険になっちゃうんです。

 

われわれのこころが整理整頓されてないんだから、ものすごくたくさん病気が出てくる。

だからわれわれが日常感じる病気の中で、六割、七割は精神が作った病気なんです。それは治ります。

 

しかし、歳を取ることは治りません。

滑って足の骨を折ったら、冥想したからと言って、それは骨が折れます。それは物質的なことでね。

 

冥想をやる人々にとっては、わずかな病気しか残らないんですね。

その病気というのは、医者がすぐ直してくれます。医者が苦労してもなかなか治らないというのは、必ずしも遺伝子の問題じゃないんです。たとえば治療しても、精神的に混乱していると、薬を受け入れないんです。

 

瓶に水を注ごうとする。

手がガタガタガタガタ震えていたら、水が入らないでしょう。

だからそんな感じで、細胞が不安定な状態にあると、注射しても薬を飲んでも、もう捨てちゃうんですね。

 

精神的に安定して、マインドフルネスでいたほうが、最高の状態なんです。

それはまあ、頑張ればいいんじゃないでしょうか。その世界で。

 

われわれはやっぱり、存在欲を絶ちましょうとかね。

向こうは存在欲を絶つこととはしゃべりませんね。

存在欲は前提であって、どう幸福に生きるのかということなんです。

 

われわれはもっと進んで、生きるというのはどういうこと? ということから冥想を教えているんです。

 

ブッダのオリジナルのマインドフルネスは、生命を超越することを目指しているんです。

アメリカではやっているマインドフルネスは、どうやってアメリカ人が実践するかというところでストップするんです。

世間ではそこくらいまでしか実践できませんしね。

そういうことだと思います。

 

まあ、やっても構いませんしね。

それなりに、俗世間のことに適したプログラムを組んでいるんだから、結果があると思いますよ。

 

われわれはそんなレベルじゃないんです。

そんなのは無視してくださいと。冥想やっちゃうと、朝飯前に消えますよと、日常問題は。

日常問題を、われわれはすっごくつまらないとみているんです。そんなことを問題にしているんですか、もっとすごいことがありますよ、そこをやってください、と。

そうすると、小さな、小さなことっていうのは、あっけなく消えます。

 

問題だけ狙って治療すると、それだけ治るんです。

近代マインドフルネスは、全体的に「存在」という問題に治療していないんです。

 

われわれは「存在」ということを問題にして、そちらにヴィパッサナーを教えているんです。

存在する「から」出てくる問題というのはつまらないんですね。存在という大きな問題があるんだから。

 

そのところは違うと思います。

(おわり)

 

東京法話と実践会 2016.07.24

http://www.ustream.tv/recorded/89905720 (期間限定公開)を聞いて書きました。

 

実践! マインドフルネス―今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン[注意訓練CD付]

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( 先日テレビで、この著書の先生のナビゲートでマインドフルネスの特集がありましたね。番組内では「2500年前にブッダが始めた修行方法が、マインドフルネスの源」と言われていたような記憶があります。)

 

関連エントリ:

マハーシ・サヤドー、アチャン・チャー、ゴエンカ師 - ブッダ・ラボ - Buddha laboratory

それからゴエンカさんのことなんですけど、

ミャンマーのあるお坊さんから冥想を勉強して、その方法を教えている方なんですね。……

 

参考外部サイト:

パティパダー巻頭法話(11)「いまの瞬間の生き方を実現する方法」1996年1月

人は、「私は一時間本を読んでいました」と言いますが、本から離れていた大部分の時間、心がどの状態にあったのかをまったく認識していません。これを「こころの隙間」とでも言っておきましょうか。

 

 実は悩み、苦しみ、ストレス等はこの「こころの隙間」に生まれるのです。

 

 日常、実際に必要とする行動に使う時間はほんの僅かです。他はすべて自分が管理できない「こころの隙間」です。自分のこころがどんな状態にあったのかも分からぬのに、その自覚なき間にストレスや苦しみ、悩みの萌芽(ほうが)があるのです。ですから日常の Sati さえあれば、人間には精神的な苦しみも悩みもなくなってしまうのです。

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