ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

家族の最期の時をどうするか?

質問

「母親が寝たきり状態になってしまいました。病状は一時悪化しましたが、今は食事が少しできるようになりましたが自宅へは戻れず、ずっと入院しています……。

 

長老の本の中で、『親族が延命措置に際したときに、不注意なことをすると、重い業を背負うことになる』と読んだ記憶があります。

それについて詳しく教えてください。」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

自然な流れに対してなんで驚くんですかね。

雨が降っても驚かないでしょう?

気温が暑くなってきても驚かないでしょう?

 

なんで驚かないのかというと、季節によって暑くなるのは当たり前だからですよ。

それを、「外が暑くってもう驚いちゃって」と騒ぐのは病気でしょう?

 

だから人が歳を取ること、体が弱くなること、寝たきりになって死んでしまうことというのは、自然の流れで当たり前なんです。

どうしてそれを驚くんですか? 悩むんですか?

 

少々の悩みはあるかもしれませんよ。

出かけたい時間に雨が降ってしまったとか、ちょっと困りますけど、大げさな問題じゃないでしょう。

ちょびっと困ります。しかし、ちょびっと困ることもおかしなことですよ。

 

自分が「出かけたい」と思っちゃって、でも雨が降ってきた。

その自然法則に対して「なんだこれは?」と感じてしまうんですね。

そんな権利はないのに。

 

それでもわれわれは一般人だからね、ちょびっと困るのは構いませんよ。

ちょびっと困ったら、それなりになんとか解決策も見えてくる。

 

どうしても出かけたいなら、傘をさして出かけることもできるし、それがいやだったらタクシーを呼ぶこともできるしね。それほど大問題ではないんですね。

 

だからちょびっと困ってもいいんだけど、あまり困らないほうがいいんです。

 

人は歳を取れば体が弱くなる、歩けなくなる、食事をとれなくなる、ちょびっとはこまりますけど、ちょびっと困ったところはなんとかなります。しかし、自然法則には逆らえない。

 

だからそういうことで、ごく普通、当たり前と見てください。

雨が降ったような感じで、夏は暑いという感じで、まあ当たり前だと。

それなりに、ちょびっと困ったところにだけ対応する。

 

それ以外何もできません。

 

たとえば、ご飯を食べるようになったからといって、また若返って家に戻るわけがないでしょう。それはありえない。

お医者さんがいろいろやってくれるから、なんとかご飯は食べるようになったかもしれませんけど、元気になって元に戻るわけではありません。

 

だから、世の中の無常の流れを冷静に見守ることが正しい態度です。

余計なことをすることはない。ちょびっと困ったところだけ、なんとかしてあげる。

それ以上はやってはいけないんですね。

 

われわれがやれることは、人はどうしても死ぬんだけど、明るい気持ちで死ねるように協力すること。

怒り嫉妬憎しみのない、慈しみにふれたところで、最期を迎えるようにちょっと協力する、ということは仲間で生きていたわれわれの義務になります。

 

何があっても明るいこころでいるということを、憶えておいてください。

 

自然の法則には逆らえません。

「逆らいません」ではなくて。

自然の流れはどうすることもできないと理解してください。

 

しかし、こころだけは人に管理できるんですね。

歳取ることは止められませんけど、歳を取っても明るくいられるようにしてあげることはできます。

 

人が嫌な気分でいるのを、楽しい気分に入れ替えてあげることはできますが、降ってくる雨を止めることはできません。

 

たとえば、ある人がアレルギーを持っている。

ピーナッツアレルギーとする。その人にピーナッツを食べさせることはできませんよ。それは自然法則です。

 

しかしピーナッツアレルギーのひとがえらい不機嫌で、落ち込んで、怒って怒鳴ったりしているなら、それを無くしてあげることはできます。

管理できるのはこころだけです。

(続きます)

 

スマナサーラ長老談 2016.09.17

 

End of Life Care: A Care Worker Handbook

参考外部サイト:

折々の法話 5「パネルディスカッション報告1」

お釈迦様の教えから『介護問題』について考える

 

『お知らせ』:

アラナ精舎(カティナ衣法要)へたくさんのお布施をしていただきまして、敬意と共に随喜し回向いたします。

アラナ精舎のカティナ衣法要は今度の日曜日(23日)です。お近くの方はぜひ!

詳細外部サイト:https://www.facebook.com/jtheravada/videos/1160250384036829/

 

そして11月3日(木・祝)、東京のゴータミー精舎でカティナ衣法要が行われます。

ゴータミー精舎で雨安居に入っていらっしゃったヤサ長老をはじめ、スマナサーラ長老、ワンギーサ長老、スリランカミャンマーのお坊様方合計10名が、この日に一堂に会します。

カティナ衣法要にお布施した功徳は最も功徳があると言われ、その功徳は解脱に達するまで尽きることがないそうです。

 

アラナ精舎のカティナ衣法要と同様に、今回もアマゾンでお布施リストを個人的に作成しました。

ゴータミー精舎(カティナ衣法要)のお布施リスト:Amazon.co.jp

 

前回のアラナ精舎でのお布施となるべく重ならないように、そしてお坊様が10名なのでお布施する側もあまり負担にならないようにと、品物をそろえてみました。

もし何かリクエストがあれば、コメント欄から遠慮なくどうぞ!

(”ちえ”さん、先日はコメント欄にメッセージをありがとうございました。アラナ精舎のカティナ衣法要へお気をつけていってらっしゃってください)

 

また、こちらのリストのみならず、ゴータミー精舎へ各々直接お布施することもできます。

詳細外部サイト:ゴータミー精舎『カティナ衣法要』雨安居明けお布施式

 

カティナ衣法要についてスマナサーラ長老の解説

外部サイト・仏教徒が衣を布施する大法要

これほど大事なカティナ法要に、どんな徳があるのかと興味が湧くだろうと思います。

カティナ衣布施の功徳として特別に語られた箇所は残念なことにありません。

しかし、アパダーナ・パーリという小部経典に入っているテキストの中に、過去仏たちにわずかなもの(花一本、果物一個、坐る場所を用意したこと、など)をお布施しただけでも、何劫にもわたり、地獄に堕ちることなく天界・人間界に幸福に満たされて生きてきたことと最終的にお釈迦さまに出会い、修行して完全に悟りをひらいたことを記録したエピソードがたくさんあります。……