「せっかく写経するなら、慈経がいいですよ」
という言葉を耳にしたことがあったのを、ふと、思い出しました。
写経というのはやっぱり全部漢字じゃないと雰囲気でないでしょうか……と、漢文の慈経をちょっと探しました。
それで、こちらに載っていた慈経をもとに、簡体字を日本語の漢字に入れ替えてみました。
1
一個善行者應做,
以獲得安寧的事如是:
他應當能幹。坦誠。絶対忠寛謙恭,
及温文不驕傲。
(解脱という目的をよくわきまえた人が、
静かな場所に行ってなすべきことがあります。
何ごとにもすぐれ、しっかりして、まっすぐでしなやかで、
人の言葉をよく聞き、柔和で、高慢でない人になるように。)
2
知足。易於護持。少則身軽,
簡樸。五官安祥及有智慮;
不粗魯,
不執著家庭。
(足ることを知り、手がかからず、雑務少なく、簡素に暮らし、
諸所の感覚器官が落ち着いていて、賢明で、裏表がなく、在家に執着しないように。)
3
他不該犯上即使是至小的過失,
那是会令智者感到遺憾的。
而他應思想:願一切衆生快楽興安穏,
願他們常生喜楽。
(智慧ある識者たちが批判するような、どんな小さな過ちも犯さないように。
幸福で平安でありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。)
4
任何存在的衆生,
不論是弱或強。
是高大或壮寛,
矮小或中等体積,痩小或肥胖,
(いかなる生命であろうともことごとく、
動き回っているものでも、動き回らないものでも、
長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、
短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも、)
5
那些可見到或不可見到,
及那些己出生的,
或那些等待誕生的,
願一切衆生快楽。
及那些己出生的,
或那些等待誕生的,
願一切衆生快楽。
(見たことがあるものもないものも、
遠くに住むものでも、近くに住むものでも、
すでに生まれているものも、卵など、これから生まれようとしているものも、
生きとし生けるものが幸せでありますように。)
6
願無一人怨恨他人,
或在任何地方軽視任何人,
懷者嗔恨或悪意,
願他們不互相詛呪
或在任何地方軽視任何人,
懷者嗔恨或悪意,
願他們不互相詛呪
(どんな場合でも、人を欺いたり、
軽んじたりしてはいけません。
怒鳴ったり、腹を立てたり、
お互いに人の苦しみを望んではいけません。)
7
就像母親不惜生命,
保護她的独子一様。
同様地她應該対一切衆生,
修習無量的慈愛心;
她應該対一切世界散発無量的慈愛心
保護她的独子一様。
同様地她應該対一切衆生,
修習無量的慈愛心;
她應該対一切世界散発無量的慈愛心
(あたかも母が、たった一人のわが子を命がけで守るように、
そのようにすべての生命に対しても、
無量の慈しみの心を育ててください。)
8
無論上方。下方。四方,
没有障疑。仇恨和敵対。
没有障疑。仇恨和敵対。
(慈しみの心を一切世間に対して、限りなく育ててください。
上に、下に、横に住むいかなる生命に対しても、
わだかまりのない、恨みのない、敵意のない心を育ててください。)
9
無論住。行。坐。臥。
只要他不昏睡愉懶,
他應當培育這種覚醒/正念。
這就是現前的梵住。
只要他不昏睡愉懶,
他應當培育這種覚醒/正念。
這就是現前的梵住。
(立っているときも、歩いているときも、座っているときも、
あるいは横になっていても眠っていない限り、
この慈悲の念をしっかり保っていてください。
これが梵天の生き方であると言われています。)
10
不落入邪見,
持戒並且以見成就(具有如寛知見)
降伏対欲楽的貪愛,
他肯定不在降生母胎中。
持戒並且以見成就(具有如寛知見)
降伏対欲楽的貪愛,
他肯定不在降生母胎中。
(このように実践する人は、邪見を乗り越え、
常に戒を保ち、正見を得て、
もろもろの欲望に対する執着をなくし、
もう二度と母体に宿る(輪廻を繰り返す)ことはありません。
この真理の言葉の力によって、われらは三宝に守られますように。
この真理の言葉の力によって、われらは幸福でありますように。
この真理の言葉の力によって、われらは常に安穏でありますように。)
日本語:日常読誦経典 日本テーラワーダ仏教協会発行
終わり
Metta sutta の項目では、英語・ドイツ語・タイ語などありますが、日本語をはじめ東アジアの言語のページはないようです。
どなたか執筆していただけないかなぁ~……
[壁]‥) チラッ