ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論、実験結果

悩みがない人はいるのでしょうか?

質問

「悩みがない人はいるのでしょうか?」

 

回答(スマナサーラ長老談)

 

悩みのない人間はいません。

悩みのない生命もいません。

 

生きているならば、悩み苦しみというのはインストールされているんですね。

悩み苦しみがあるから、生きることに頑張っちゃうんです。

 

おなかが空くから、ご飯を食べるでしょう?

お腹がすくというのは、悩みの種の一つなんです。

では逆に、お腹が空かないことを悩みますか?

お腹が空かないと薬を飲んだりするでしょう?

 

たとえば、呼吸を二分間くらい止めてみてください。

ひどく悩むんです。だからずっと呼吸しています。

 

生きているとは、悩みと戦うことなんです。苦しみと戦うことなんです。

 

苦しみが終わったら、生きることもそれで終わっちゃうんです。

それで、みんな生きていきたいと思っているでしょう? それは「悩みたい」「苦しみたい」という意味なんです。

それを認めないから、「無知」と言うんです。

「俺は苦しみたくない、悩みたくない」というけれど、バカ言うなと。

そこなんですね。

 

わたしたちは相対的に「悩み苦しみ」と言いますが、瞬間瞬間をみてみると悩みがあります。

ガスコンロが汚れていると、これも悩みなんですよ。そのままにしておいても、次の日も料理はできますが、次の日もまた汚れて、積み重なって一年後には、また新しいコンロを入れ替えなくてはいけなくなって、これも面倒くさい。

 

みんなにご飯を作らなくちゃいけないのも、これも悩みなんです。

作ったら、今度は調理台が汚れちゃった。それできれいにする。きれいにするのも疲れる。そういうことが人生なんです。

だから人生を評価しないほうがいい。

 

そういうわけで、悩み苦しみがないのは、覚った人だけです。

その方々は、生きることを乗り越えています。自分という気持ちすら、脳から削除されています。

 

ただ肉体は物質的に動いているから、いろいろと部品交換はしていますけど、覚った方々はあまりそれを気にしない。

托鉢に出てご飯を食べますけど、ご飯がなかったら「別に」と。

「ああ、食べなくちゃ!」という悩みは出て来ない。

食べなくちゃと言うのは生きていきたいということだからね。

 

悩み苦しみがないのは覚りに達した人だけで、ほかはみんな、悩み苦しみがあるんです。

(終わり)

 

東京 法話と実践会 2017.04.23 よりメモしました。

期間限定公開動画  http://fb.me/VtsVf0I9

当日のTwitter http://twilog.org/jtba_talk/date-170423/asc

 

 

こちらの本は、

各お話の最後まとめの一文が大文字になっていて、今までにない斬新な印象です。 

 

Happy Wesak!!:

本日、5月10日(2017年)は、各国でウェーサーカの日となっています。

ウェーサーカの満月の下では、さらに修行が進むと言われています。

 

(๑•﹏•)いつやるか?  ლ(ಠ_ಠ ლ)今でしょ!  

 

エイ٩( ๑•̀o•́๑ )وエイ ٩( •̀ω•́)و ٩( ^ω^ )オー