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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

8歳の息子がいじめられています

東京 法話と実践会 スマナサーラ長老 2018年6月10日 

 33:43~から聞いて書きました。

質問

「もうすぐ8歳になる男の子がおります。

友達からいじめられるというか、小さいころからよくやられて帰って来ます。顔に傷を作って来たりとか、色々あります。特におとなしい子というわけでもなく、活発なのですが、相手と対峙した時に気が弱く、やり返すことができず、言い返すことは少しできても、いつもやられてしまうということが起きています。

わたしは親としてどういうふうに対処したらいいでしょうか?

 

回答(スマナサーラ長老)

 

親にやることはないんですよ、その場合は。

子供同士のことですから、それは別世界なんです。親にやることは何もない。その子供たちの管理をしている大人が、それを見抜いて叱らなければいけないんですよ。

 

日本でそれをやっていないんだから、どうしようもない。

だいたい子供をしっかり監視することをしないんです。

 

これは家庭で、最初から子供をいじめてあげたなら、子供がすごくしっかりしますけどね。それは家庭でやってないでしょう。

わたしたちは、家庭でクタクタにいじめられます。それはものの見事ないじめ方で、いじめられる側も気持ちいいし、知らないうちに自分で対応する力が備わっていくんですね。

 

具体的にいうと、子供だから失敗する。それを家族が派手に言う。「恥ずかしい、あんたがやっていることは」とかね。お母さんに言われてもお兄さんに言われても、あまり気にしませんね。「別に」と言うことになるんです。

 

どうやって対応するのかと言うと、漫才みたいに楽しく対応する。

家族にはそれができます。何故ならば子供たちの絶対的な味方だと知っているし、性格も知っているし。直して欲しいところを言わないでちょっとからかう。そう言うことで結局は、子供が負けるものかと思っちゃうんですよ。お兄ちゃんがからかうと、弟は絶対負けたくないでしょう。それでお兄ちゃんにかかってくるんです。その能力がね、世間で生きるのに必要なものになるんです。

 

家族が「かわいい、かわいい」と何でもやってあげると、それで弱くなるんですね。

 

昔、ある子供が一生懸命勉強して、さっさと学校に行ったら、弁当を忘れてしまった。そこで、学校で「弁当を忘れました」と言ったら、誰かが車で弁当を持って行ってあげました。わたしは「何だこれは。わたしだったら弁当を持って行ってあげませんよ」と。もし子供がお父さんお母さんに、それでカンカンに怒ったとしても、「弁当がなかったの。あー、かわいそうね」と言うだけ、わたしだったら。それで流れない? その問題は。

もし何かが必要で、親に届けてもらいたい場合は、子供が親にお願いしなくてはならない。それで親は「やってあげますけど、あなたも○○をやらなくてはならないですよ」と、交換条件が成り立つんです。子育てはそう言うものですよ。

 

それをやっていないでしょう?

一方的に無条件で子供に親がやってあげる。子供の能力を育ててこない。能力のないまま社会に入っちゃうと……。

 

わたしが学校で学んでいた時は、教師だったら教えるのは義務でしょうと言う態度は取らなかったんです。この先生とわたしは取引しなくちゃいけないんだと。だから小学校時代からも、先生と取引するんです。先生たちはわたしのことをとても可愛がってくれて、何でも教えてくれる。

 

そんなに大胆な取引ではありません。ちょっと気に入られるようにすればいいんです。何か頼んだらサッサとやる。言葉遣いが丁寧とか。ちゃんと挨拶するし、と言う程度の「ごまかし」ですよ。先生に対する場合は。

教えるのが下手な先生でも、「ここがわからない」と聞くと、なんとかしてわからせたいと先生が頑張るんです。その程度の取引です。

 

ですから、子供たちにそう言う能力が必要ですよ。守って育てるだけではなく。

 

子供は当然失敗する。そこで大人はちゃんと監視して、やばい時だけ「それはやめなさい」と言う。その時だけ。「わたしだったら、それは先に救急車を呼んでからやってください」と言うだけ。「先に救急車を呼んでおいて、お前が死ぬ前に病院へ運びますよ」と言う。それは「やってはダメ」と言っていないでしょう。それで子供はどんな対応をする?

 

そんな風なことも監視の仕方の一つです。

結局子供たちから見れば、誰かが何となくいることが安心になるし。そして自分たちの自由はなくなっていない。そうやって子供たちに微妙に目をつけておかなければいけない。

 

子供は歩くことができた途端、勝手に歩くでしょう。あちらこちらに。危ないんですね。だからそこらへんは大人が危険な方に行かないように、ちょっと手を引っ張るだけなんです。その程度の感じなんです。

 

8歳の子どもの場合は、もう大きいですから、色々な冗談でからかって教えるしかないですよ。

 

とにかく親がやることはないんですね。環境が違いますからね。

親は学校に行くまでが、親の責任だと思ってもいいんだけど。学校に入ったらもう、関係なくなっちゃうんです。

学校から家まで無事に帰すことも、本当は学校の責任なんですよ。学校に行くまでは親の責任。取引というのはそういうものなんですよ。

 

あなた(親)は自分で考えるんじゃなくて、対等に聞いてみてください。どうなっているの、と。あれダメ、これダメと言っちゃうと、子供が話してくれないんですね。

「誰がどういうことをやったの? それであんたは何をやったの?」と情報だけずーっと聞いてみてください。「何でそんなことやったの?!」はダメなんです。状況はどうなっているのかと調べてください。それであなたには、自分の子供が、どこを直したら良いかが見えてきます。そこで「こういう場合は、お母さんだったらこうやっちゃいますよ」と言う。「お母さんだったらこうやる」と、「あなたはこうしなさい」ではないんです。

そう言う程度でよろしいと思います。

 

あるいは諦めて、いじめられてもいいんです。

「いじめられてもいいんだよ。これで大人になったら、お前はものすごく頑丈な人になるんだよ。忍耐強い、しっかりした人間になるんだから、気にするなよ」といじめられてもいいんだと言う答えもあります。

どちらか考えてください。

 

しかし、あなた(母親)にはあまりやることはないと言うことだけは、理解してくださいよ。母親が自分に関係のないところに手を出しちゃうと、すっごくまずくなっちゃうんです。

(終わり)

 53:00まで

 

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スリランカ小学校 校舎建設募金(写真左側:スマナサーラ長老が寄せた言葉)