読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

「慈悲の瞑想」初めての方向けの説明

説法めも 作業工程1(慈悲の実践)

慈悲の瞑想について、今日初めて月例瞑想会に参加した方もいらっしゃると思うので、ちょっと説明したいと思います。(説法:スマナサーラ長老)

まず皆様方は、無理にでも慈悲の言葉を暗記してください。慈悲の瞑想では、段落を5つに分けて書いてあります。

  • パーリ語の慈悲の瞑想の言葉と、ぴったりの日本語はございません。

慈悲の瞑想は、ブッダの教えと同じ時期に説かれたものだから歴史が古いんですね。仏教の人々以外は慈悲の実践をする人はいませんし、仏教の伝統では2500年もやっていることだから、長老たちの伝承で受け継がれてきました。色々な慈悲の瞑想のやり方があります。

その中で、すべての慈悲の瞑想の基本をまとめて、短い文章にならないのかと考えて、この日本語バージョンを作りました。

日本語の意味、考え方、いろいろを考えて作りましたが、私が作ったからと言って私は著作権を持っていません。誰でも自由に使ってください、としています。

 

日本語バージョンは、あらゆるパーリ語の慈悲の瞑想をまとめて集約してできているもの。だから私個人としては、完璧なバージョンなんです。これほど完璧なものはパーリ語でもありません。

と言ったってもね、訳す時にちょっと合わないところも少しだけあることはありますが、純粋に日本語で慈悲の瞑想ができるようになっています。

 

  • 今日、言いたいところは、まず慈悲の瞑想の言葉を覚えてほしいということです。

誰にでも覚えられます。

 

  • ポイントはこれです。

この慈悲の瞑想を一行一行、ものすごく真剣に唱えてみてください。

言葉、音を出さなくてもいいんです。大変尊い言葉であると感じ取って、念じてみてください。

病気になって、お医者さんから特効薬をもらったと思ってみてください。

この言葉一つ一つを念じるたびに、何か結果が出てくるんです。

別に信仰はいりません。心理学的な効果です。

一行唱えたら、何か効果が自分の心の中に入ります。

その真剣さがすごーく、必要なんですね。すごく大事な言葉です。

 

他の言葉に言い換えると、即座に効き目のある呪文だと思ってください。

効き目のあるマントラだと、真言だと。そういうどんな暗示でも構わない。

すごく効き目があると、信じて唱えてみてください。

 

  • 心理学的なことは別なところにあります。

自分の脳に、物事を理解する上で変化が起こるんです。自分の世界観、自分観、人生観。これが自分の運命そのものなんです。別に隠れているわけじゃないんです。

自分の運命が知りたければいたって簡単です。知るための質問は二つです。

  • あなたにあなた自身はどのように見えているのか?
  • あなたに世界はどのように見えているのか?

それだけ。

子供に聞いても同じ質問です。子供にも、何か答えがあるはずです。小さな子どもだったら「よくわからない」というでしょう。それはその通りです。まだ「できてない」ということです。

 

この二つの質問を自分に聞くんです。

これは「私の生き方」ということなんです。

生き方が二つの枝に分かれているだけ。

 

この場で皆さんに質問したら、出てくる答えは3種類くらいあるかもしれませんが、その後何人に聞いても同じ答えが出てくるだけです。

誰か一人が「私のこたえはAです」と言ったら、次の人は「私も同じです」と言ってしまうんです。

情けないけれど、それが人間なんですよ。

私たちは、自分が何者かも知らないんです。

自分を確かめていない、発見していない、足場ができていない。

それなのに、十階建の建物を作ろうとしているんですよ。しかし土台さえもないんです。

 

誰も人間は、自分が何者かと調べていません。

自分を調べてどう生きるかという計画も無い。

 

極限的に言えば、生きる能力は皆無なのに、踏ん張って生きています。

そういうふうに、人間には乗り越えられない問題を抱えています。解決策はブッダ以外教えていません。

 

マインドコントロールで、問題から目をそらして生きています。

存在欲だけで生きています。存在欲が悪いんじゃありません。存在欲があるなら「存在能力」を持てという話です。

ブランドのバッグを欲しがるのが悪いのではない。バッグが欲しいならお金が必要です。「お金持ってるの?」と聞きたいのです。

 

生きていきたいという存在欲は、別にあってもいいでしょう。しかし、存在『力』がありますか?

 

「ポルシェが欲しい」と言う人が、「いくら持ってるの?」と聞かれて、「5万円はある」と誇らしげに財布を見せる。話になりませんね。そういう人はいとも簡単に洗脳されます。欲だけは強いから洗脳されやすいんです。

 

存在『力』は皆無で、存在『欲』は溢れている。これは病気です。

だから、みんな洗脳されやすい。マインドコントロールされやすい。だまされやすい。カモになりやすい。

それで堂々と生きることができるでしょうか。

 

話を元に戻すと、「あなたはどのようにあなた自身が見えますか?」「世界はどのように見える?」答えが無い。仏教からすると「それなら帰りなさい」ということになる。

 

そこでお釈迦様が教えています。

「あなたに目的はありますよ」と。

 

みな自我中心に生きています。自分にはすごく価値があると思っています。世界に対しては? 批判的に見ています。軽視して、見下している。

すべての生命は、そのように自分を、世界を見ています。

これではいい人生になりません。病気そのもの。

そういうわけで私たちは、根本的に変えなくてはいけないということがあります。

 

人間の形で生まれるけど、中身は猿でしょ。

猿として生まれますけど、猿の能力はありません。木に登れないし、早く走れません。

しかし人間の形で生まれたら、人間になれるチャンスがあります。

「生まれてきたら人間になりなさい。いいチャンスだから」というのは、最近私の中で流行っている言葉です。

 

そういうわけで、私たちは失敗するシステムで生きています。

まるっきり暗い運命でできています。自己中心的で、世界を見下しているんだから。

そこで、ブッダの話を聞く人々はその運命に負けません。プログラムを変えるんです。

「神様が決めたんだから」「だってしょうがないでしょう」はありません。

 

変えられるプログラムは変える。変えられないものは放っておく。

 

何を変えるべきか。何を放っておくべきか。

 

それで一番の早道は、慈悲の言葉なんです。

念じるたびに思考が改良されます。

自分の見方が変わっていきます。

 

精神的に自分を改良するんだと言う気持ちで、すごく真剣に慈悲の言葉を念じた方がいいです。

 

上司が悪いんだと見下すのではないのです。「あなたに、上司はどのように見えているのか?」という結果なんです。自分で撒いた種なのです。

 

仏教はダサいものだから勉強したくない、というのでも構わない。難しい修行をしたくないと言うのでも構わない。

それでも変わると信じて慈悲の言葉を唱えてみる。

 

自分も他の生命も同じだ。みんな地獄の釜でやられているんだと見えてくると、自分が世界一幸福な人間なんです。自分の幸福を誰にも奪うことができない状態になっています。

 

「私は今日から他人を見下しません」と言っても、そんなに急には無理です。長い間ついてきた癖があります。

自分と言う存在は、手がとどかない場所で管理されています。それがエゴなんです。唯一治す方法は、慈悲の実践をすることです。

 

これが慈悲の瞑想の一つのやり方なんですけど、超真剣に、超真面目に言葉を念じてみる。

 

例えば、裁判所で裁判官が判決を述べるでしょう。どれほどあの言葉に力があるのか。無駄話じゃないでしょう。効き目がある、その場で。どんなに長い間裁判で争っていても、判決が「無罪です」といったら、その場で被告人は釈放です。

慈悲の言葉は、そのようなものです。すぐ効き目があります。

この場合、裁判官はお釈迦様なんです。

ですから、慈悲の瞑想はお釈迦様の判決文ですよ。

 

この慈悲の瞑想5行を読んでみてください。それで世界が変わります。自分が変わります。

やっと、存在『力』が付いてくるんです。

ポルシェが欲しい、実際に3000万円ある、となれば、じゃあ頑張って買ってみれば? ということになるんです。

 

関西月例冥想会 2013.05.04 1/1 - YouTube

動画上で1:10~51:50までメモしました。

f:id:thierrybuddhist:20141202112916j:plain
広告を非表示にする