ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

自立するために

(関西定例瞑想会スマナサーラ長老法話 2007.05.20 http://www.voiceblog.jp/najiorepo/355764.html音声ファイル下よりメモしました)

 

(自分が抱えている)問題はそのままで、何かほかの方法はないか、何かほかの方法はないかと聞くだけだったら意味がないでしょう。

 

 

この瞑想は俗世間のくだらない問題を解決する目的だけじゃなくて、しっかりした人格を育てる道ですから、そこを目指してしっかりとした人格者になるんだと頑張った方がいいと思います。

 

しっかりとした人格ができたら、日常茶飯事に起こる問題と言うのは何のことなく解決しますよ。

 

そういうことですから、頑張った方がいいとは思います。

やらなかったら結果がないんです。

 

それから、今日初めて参加なさっている方に瞑想のやり方を説明します。基本的にどうやるのかとその理論を覚えておいて、それからひとりひとり、自分で修行するんです。

 

一人二人が、カルト宗教で困っているんだと言っても、結局はみんなカルト的なんですよ。

たまたま自分には、カルト組織の方々が話しかけてくれなかっただけなんです。カルト組織の誰かが話しかけてきたら、何のことなくサッサっと組織に入っちゃうんです。

 

能力がないということは、自分で判断できないから誰かに支配されてほしいというね、そういう気持ちっていうのはものすごく強烈なんです。結局は自由になれていないんですよ。

 

(70年前の)戦争では、命令される通り奴隷のように生きていて。戦争が終わってから、現代的な思考が入って、自分で頑張らなくてはいけないということになりましたけど。それからどうすればいいかと分からなくなっているんですね。また誰かが命令してくださいと。誰かが命令したらその通りにやるのは簡単だよ、と。

70年前の人々には言われたとおりにする能力がありましたけど、現代人にはそれもないんです。命令しても命令通りにやらないんです。能力ないんですね。だからどうも話にならないんです。

 

自由にはできません、と。親分がいるならば、親分の言うとおりにやるぞ、と。それだったら、言うとおりにやらなくちゃあかんでしょう。その能力もないし。独立することもできないし。話にならない状態になっているんです。

 

ですから、このカルト的精神と言うかね。何かの組織に入って、マインドコントロールされて、自分でやっていることに責任持たないで動く、と。

 

やっぱり、能力向上と言うことは先に出てくるんです。独り立ちするためには能力向上しなくちゃいけない。それには、この瞑想以外はあまり方法がないんです。だから一人でやらなくちゃいけないんです。

 

抜群に能力があるならば、この10分、15分でも理解できますけどね。

 

そういうわけで、今日はやり方を覚えておいて、これから一人でやるものだ、と。そこで「忍耐」と「堪忍」が必要になるんです。

 

とにかくやってやるぞ、自分に甘えませんよ、ということはね、自分に甘えて言い訳を作るんじゃなくて。

何言っても、それしか道がないでしょう。言い訳しても。

 

何やっても、楽じゃないんですよ。そこで頑張ってみるんです。

一時間テレビを見るか、一時間瞑想するかと言うと、テレビを見るという楽な方を選ぶ。それなら自分のためになってないでしょ? この一時間はもう戻らないし。想像を絶する損なんですよ。その一時間を自分のために頑張ったら、楽じゃないんだけど、自分のために残っているんです。

 

ご飯食べてから、よく寝てから、お風呂に入ってから、ちょこっとテレビのドラマでも見てから、瞑想をやるんだよというのは話になりません。

友達と電話で話してから、とか。そういうのは情けない人間なんですね。だからしっかりとした人格を、精神を作らなくてはいけないんです。

 

現代人は能力がなくて、人に言われたとおりにやる能力もないんです。

カルト宗教組織にとっては、一番ありがたい環境です。カルト組織は、入った人はどうなってもいいんです。その人から取れるだけ取って、捨てちゃうんです。みなさまはピーナッツくらいのものなんです。ピーナッツを食べる人は、殻を割って捨てて、割って捨てて、中身を食べるんです。殻を割ったところで、中身の種が入ってなかったらそのまま捨てる。それだけ。

だから、ピーナッツ人生でいいんでしょうかね。

気分がいいんだから、落ち着くんだからと言っても、ただピーナッツ扱いされているだけで。

 

そういうことだから、自分で何もやらない性格で、やるべきことをやらないから仕事でも失敗する、家族でも失敗する、人間関係でも失敗する。やることいっぱいあるのに、やってない。それで問題ばっかし残っていて。それで自分のことも社会のことも嫌になったりして。自分のせいなんですけど。それでカルト組織に入っちゃうんです。

 

向こうは、何かとれるものあるのか、と見て、取れるものは取って、それからゴミは処分。

 

そういうことで、人間になってほしいんです。形だけではだめです。人間になってもろくなもんじゃないんですけど、人間じゃなくてもものすごく優れた本物の人間に。地球のがん細胞ではなくて(笑)

ちゃんとした人間になるように頑張らなくちゃいけない。

それは一人でやるんです。

 

それだけなんです、自分でできるのは。他なにも自慢できるものはないでしょう。

会社でビシバシ仕事をしていると言っても、会社のシステムがしっかりしているんだから自分が仕事できるのであって。

  

お母さんたちが、自分はしっかり子供を育てました、と。だから? 当たり前のことで、自慢する? お母さんがいなくても育つ子供は育ちますよ。育たない人は、いくらお母さんが頑張っても育ちません。自慢するならば、「他の人が全く育てられませんと捨てた子供を、わたしは拾って育てましたよ」と言うのであれば自慢できますけど。

 

だから、われわれが自慢できるのは自分の心を育てることです。このヴィパッサナー瞑想で。これが一人でやるしかない。二人ではできません。

 

自慢するのならば、修行で心を育てて立派な人間になってみることを自慢する。

というのを覚えておいてください。

 

わたしが言うことをまるっきりしないで、わたしにまた質問されてもね。言うことをやらない人にアドバイスするのは無意味ですよ。

 

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