ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

感動の表と裏【不善心所・ローバ 2】

感動することもイケナイんですか?【不善心所・ローバ 1】より続きます)

 

それでもう一つ、あなたの質問があります。

(質問内容「自分としては、『うれしい』『楽しい』などの感動は積極的に体験するべきと思いますが……」)

 

 「感動」と言っても、あなた方は分析していません、科学的に。

断言的に破壊につながる感情もある。

人を成長させて、智慧を開発させる、その要因も感情的なものもある。

 

だから、それは明確に分けて、成長につながる感動で進むんです。破壊につながるものは、いくら誘惑されても捨てるんです。

 

そういう微妙な分析は、仏教以外、世界でどこにもないんです。だから、人類を発展させる能力があるのは仏教、初期仏教にしかありません。なぜならば、人間の気持ち、生命の気持ちを微細に分析して、ポジティブ感情とネガティブ感情にしっかりと分けています。

 

善のほうの、よい感情のほうが数はたくさんあります。悪の、暗い方の感情と言うのは「欲」だけなんです。

たとえば、活発さ、明るさ、めげないこと、動揺しないこと、冷静でいること、それも感情に入るんです。それはすべてポジティブなんです。それから柔軟性。心身がとても軽い、ということ。欲じゃなくて、喜びを感じること、「喜」。たくさんあります。欲を捨てたら、それらが出てくるんです。

 

というわけで、おおざっぱに「感情」がいいものではないんです。

 

たとえば、欲があると、その裏に必ず、怒り・憎しみ・嫉妬があるんですよ。だから、ものには表と裏があるんです、俗世間では。

 

愛情には憎しみが一緒なんです。そうではなくて純粋に成長するものはないのか、副作用なく。それを発見したのはブッダなんです。

 

たとえば、駅に着いたとたん、電車が来る。ついているなぁと、言った瞬間に目の前でドアが閉まる。腹が立つかと言うとそうじゃないんです。「あの電車に徳がないんですね、わたしを乗せるという」というと、隣の人は「何を言っているのか(呆)」と。しかしわたしはただ喜んでいるだけ。その喜びは消せないんです。

 

ときどきいろいろな商品の宣伝がありますね。仏教の人だったら、どんなに派手な宣伝であっても、なんて自由かと。洗脳されずに済みますから。お祭りのように商品を売っていても、なんのことなく素通りできるんです。微塵も混乱することなく。これ、どれほど楽しいかと言うと(笑)

 

そういうことで、いろいろ楽しみがありますよ。楽しみしかないんです、仏教の世界には。

 

質問者「自然を見てきれいだな、という感情は善になるんですか?」

 

いえ、それはとてもレベルが低いんです。

 

それさえも感動しない人は大ばか者だと思いますけど。むかし勉強のために行きましたが、博物館や美術館があるでしょ、人でギュウギュウで見えないんですよ。そこで何か見てエラく感動するというのは、あれ嘘ですよ。ほんとにインチキ・幻覚で感動する。人が多すぎて作品に近寄れないんです。並んでいても、何時間も並ばなくてはいけません。

 

そこで私が思ったのは、雲を見れば、空を見れば、そこに大胆なスケールであるでしょ。それなのに美術館に並ぶのは、馬鹿もいいところだと思いますよ。

 

話題の作品の展示があるときは、ムチャ苦労して並ばなくては見ることができない。それで見ても、あれって感動ですかね?

わたしから見ると、どこかの店でおにぎりを買うために、新幹線に乗って4時間もかかってタクシーに乗って、全部計算したら8万円かかったんだ、と。それで150円のおにぎりを買った。なんだこれは。

 

感動したければ、何にでも感動できます。めんどくさいんだから感動しないことにする。

 

こちらに来るまで、子供がわたしに、「この町は大地震でめちゃくちゃになったんだよ。しかしたちまち新しい街を作りましたよ」と話しました。

震災で、ムチャがらくたに変わってしまったのに、それを日本人がまた、ササササッと作り直した、その日本人のメゲナイ気持ちを感じながら、タイルを張ってある道路をずっと歩いてきて、感動しました。

 

しかしその子には分からなかったみたい。それよりもわたしが早足で行くんだから、それがその子は嫌で、嫌で(笑) 

わたしとその子供を比較するなら、その子にはその能力がなかったんだから、その感動を教えてあげることはできなかったんです。

わたしにしてみたら、感動といっても冷静にいるんです。

 

自然を見て感動したり、日没を見て感動したり、そういうのは誰にでもできて、特別に教育や訓練はいりませんし。

成長した人は、副作用のない、ネガティブな結果のない感動はするんです。

 

人間が愛着のせいで、ひどいことをするんです。

トラは猫よりもはるかに美しいんですよ。だからと言ってトラを飼うんですかね。飼ってみてください。自分が飼われてしまいます。

 

だから、表だけでは判断できません。裏は恐ろしいんです。

ジャータカ物語から「感動の副作用」を紐解く【不善心所・ローバ 3】に続きます)

 

(関西定例瞑想 2008.04.20

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/560930.html 音声ファイル:下⇒真ん中よりメモしました)

もう一度前の記事に戻ってチェックする⇒感動することもイケナイんですか?【不善心所・ローバ 1】

f:id:thierrybuddhist:20150324142513j:plain

関連エントリ:

生命はもともとバカであるというが、どうしてそういうふうになっているのか?

すべての「説法めも」を読むには:

【目次】説法めも