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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

蚊に刺されないようにしてください、しかし蚊を憎む必要はないんです|人間と五戒(5)

人間の義務は人間を乗り越えること|人間と五戒(4)より続きます)

自分と言う気持ちがなければ、すべて生命で見える。生命で見えたら、嫌いな人ってなくなるんです。いるはずがないんです。

たとえば、人間だけに限って瞑想せずに、すべての生命に対して瞑想する。わたしは、慈悲の瞑想に「人々」っていう言葉を入れちゃったんだから、最初はね、日本語もあんまり知らない時期で。ほんとはね、言葉を変えなくちゃいけないんですね。わたしの親しい人々は、ではなくて、わたしの親しい生命と入れ替えなくちゃいけないんです。わたしの嫌いな生命が、なんです。そうすると人々より幅が広くなるんです。

 

そういうスタンスで考えてみましょう。わたしたちは決して蚊は好きじゃないでしょう? 蚊は嫌いです。なんでかというと、刺すんだからね。では、生命の立場で考えてください。蚊が何か悪いことをやっているんですか? 蚊にとって仕方がないでしょう、あんな体になっちゃったんだから。かわいそうでしょう。生命は餌を食べることが間違い? 

そこで、慈しみが現れてくるんです。だから蚊に刺されないようにしてください、それはいいんです。しかし蚊を憎む必要はないんです。家にゴキブリが繁殖しないようにしてください。しかし、ゴキブリを憎むなよと。

 

人間の中でも、みんなそれぞれの自分の生き方があるんです。ある人がわたしに悪口を言う、侮辱する。わたしは怒る必要はないんです。その人は仕方がなくやっていることなんです。その人に何か問題があるんです。だからわたしを侮辱したりはする。そこで仏教徒は慈しみを持つんです。その場合は哀れみの気持ちを持つんです。

 

わたしも蚊に刺されないように工夫しますよ。しかしどこかで悲しいんです。国へ帰ったら蚊帳を使って寝ます。蚊は待っているんですね、血のにおいがするから。しかしエサを取れないんですね。その場合は「かわいそうだな」と思うんだけど、刺してはもらいません(笑)

 

人間の社会にもいろんな人がいる。一人一人に違う人格があって、仕方がありませんね。そこでわれわれは人を直そうとする。それは蛇に足を付けようとするような要らんこっちゃで、とんでもない侮辱・罪なんです。

放っておくんです。

 

そういうことで、慈しみの瞑想すら、生命は根本的にはやりたがらない実践方法です。

人間はジコチューで、「自分に見える世界がすべてであんたに見える世界が間違っている」とエライことを言っているところに、われわれは慈悲の瞑想をしてみるんです。それでわれわれは宿題をやっているんです、与えられた。因果法則によって与えられた宿題をやっているんです、慈悲の瞑想として。ようするに生命としてしっかり自分の義務を果たすまともな人間なんです。

 

だから誰にも文句を言われたり、ケチを付けられたりすることができなくなるんです。

慈悲の瞑想をすると、かなり自分の周りが不可思議にうまく行くんだということに気づきます。

肉体至上主義をやめたらどうですか|人間と五戒(6)に続きます) 

 

東京・法話と実践会 2015.06.14(日)

http://www.ustream.tv/recorded/63713487 よりメモしました。

 f:id:thierrybuddhist:20150621210746j:plain

関連エントリ:蚊、ゴキブリ、アブラムシとどう付き合えばいいか?

スリランカでは虫に食べられてる野菜もみんな喜んで買う。虫に食われたものをあえて買うお客さんもいる。その野菜が安全ないい野菜と言うこと。虫は私たちを助けていますよ、本当のところ。水たまりを見て、生き物がいたら安心、安全と思って触ってみたりする。虫は害虫でなく私たちを助けてくれている。

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